戦争と平和、その181~会議七日目、昼⑤~
「そう、オーランゼブルはカラミティに対して、本体をローマンズランドに移すように指示していたわ。その後に洗脳が解けているはずだから、カラミティの本体はローマンズランドのどこかにいるでしょうね」
「そうなると、ローマンズランドの連中は全員がカラミティの支配下にあるということか」
「そうとも限らないわ。寄生するというのは、思ったよりも不便なのよ。寄生した個体との相性もあるし、誰も彼もがカラミティの支配下にあるとは限らない。現に、ローマンズランドの動きは一枚岩ではないわよね? 人間のまま活動している者もたくさんいるはず。
それゆえに――」
「逆に厄介だな。肉の盾というやつだ」
ミリアザールの言葉にブラディマリアは頷いたが、同時に小馬鹿にしたようにも笑っていた。
「その辺が私にはわからないのよねぇ。邪魔なら全員やっちゃっていいと思うのだけど、人間は面倒だわ。死ぬのは弱い奴が悪いのでしょ?」
「ふん、高等種族を名乗る割に思考が原始人のそれだな。憐憫の情もわからんのなら黙っておけ」
「それが、下等種族の余計な感情だって言ってるのだけど?」
再びミリアザールとブラディマリアの間に殺気が立ち上がったが、今度はミランダによってそれが止められた。この場においてミランダの度胸は図抜けているというか、この胆力には浄儀白楽も感心するほどである。
「いがみ合いはそこまでにしてもらえないかしら? 話がちっとも進まないわ」
「む・・・」
「ち・・・」
渋々引っ込む二人。ミランダはその二人を待たずして話を進める。
「ブラディマリアに理由を聞いておきたいわ。カラミティを排除したがる理由は何? あなたじゃ勝てないなんて思わないんだけど?」
「いいこと聞くわね。カラミティの厄介さは、そのしつこさとしぶとさ一点に尽きるわ。実は八重の森の中心部は、何度か燃やし尽くしたことがあるのよねぇ。だけど時間を置くとそのたび、カラミティは復活した。何がどうなっているのかは不明だけど、本体を倒さない限り何度でも甦るわ。妾の攻撃は広範囲すぎて、奴の相手は向いていないわ」
「ふん、攻撃が雑なだけじゃろ。そもそもカラミティとは何者なのじゃ? ワシは妖木か巨蟲の化身じゃと思っていたのじゃが」
「人間よ、『元』ね」
ブラディマリアの発言にはさすがに全員が驚いた。この話は討魔協会の二人も知らなかったのか、浄儀白楽まで少し驚いたように目を開いていたのだ。
「人間? あの化け物が?」
「知らなかったの? 以下に知恵を得ようと、妖木や巨蟲の化身があれほど上手に人間を操れるものですか。かつて、南の大陸にも人間はいたのよ。それも妾たちとも険悪ではなく、従属を選択して生き延びた者たちが。それを殺し尽したのはカラミティだわ。
あの女の人間に対する憎悪は凄まじい。妾は人間を殺し尽そうとまでは一度も考えたことはないけど、カラミティは根絶やしにすることしか考えていないはず。今はまだその時じゃないだけで、時が熟せば大量虐殺に移るでしょうね」
「いつ時が熟すのだ?」
「オーランゼブルがカラミティの準備が整うまで待てと言っていたのが1年程前だし、もういつ準備が整ってもおかしくはないわね。
理由はもう一つ。私は支配を考えているけど、あの女は生存するだけで膨大な養分を必要とするわ。カラミティが根を張れば、その大地の精を全て吸い尽くす。そうやって南の大陸は不毛な大地になったわ。ドラグレオがなんとかしようとしていたけど、ついに適わなかった。南の大陸は二度と蘇ることはないでしょう。
つまり、カラミティが本格的に活動を開始すればこの大陸の命運も危ういってこと。南の大陸が枯れてから百年近く。今のカラミティは最盛期よりは弱っているし、倒すとしたら今しかない。ただしその分飢えているから、活動を開始したら半端じゃない速度でこの大地の生命を吸うでしょうし、彼女が力を取り戻したらもうお手上げだわ。南の大陸よりこの大陸の方が広い。カラミティは全盛期以上の力を得ることになるでしょう」
「まさに、『災厄』か・・・」
ミリアザールの言葉に全員が深刻な顔をしたが、その傍で詩乃がぽつりと漏らした。
「しかし、それほどの力をただの人間が持つことができるのでしょうか・・・?」
「何言ってるの、ただの人間のわけがないでしょう? カラミティは元『御子』よ。アルフィリースなんかのお仲間よ。
そういえば東の大陸にも一人いたわね。名前は・・・なんて言ったかしら。み、ミ――ああ、思い出せない。人間の名前は覚えにくいのよ」
「御子とはなんなの?」
「そうよ。カラミティは自然との調和を保つ役割を持った御子。その力を歪んだ方向に全力で使用したのね。南の大陸の神樹と蟲の王種を同時に取り込んで融合して、その存在を歪めて配下の蟲どもを支配下に置いて―――あら、話しすぎたかしら?」
ブラディマリアがついぺらぺらと話した内容に、食い入るように聞き入るこの場の者達。その空気を察して、浄儀白楽がすっと席を立った。
「どうやらいらぬ情報まで与えてしまったようだな。会談の続きは明日としよう」
「待ちなさい。そこまで話しておいて、それはないんじゃない?」
「こちらだけ一方的に情報を話す必要はあるまい。それともこの情報に見合うだけの対価をくれるとでも?」
「それは――」
「ならば明日仕切りなおすことだ。我々も頭を冷やす必要があるだろう」
浄儀白楽はそれだけ告げると、二の句をミランダが継ぐ前に部屋から出ていった。見事な去り際に、誰もが引き止めることもできなかったのだ。
討魔協会が去った後、アルネリアは緊急的な対応を迫られることになる。ローマンズランドのこともそうだし、彼らを受け入れるかどうかの検討に関しても議論は深夜に及ぶことになった。
そして残された者の中では、もっともミランダが深刻そうな顔をしていた。
「(アルフィリースが御子・・・その言葉自体は報告にあったけど、どうしてこれほど心がざわつくのかしら。アタシは御子なんて言葉は知らないはず・・・なのに、どうしてこれほど危機感を覚えるの?)」
ミランダは原因もわからずざわつく感情に、一人翻弄されて眠りにつけなかった。
続く
次回投稿は、6/21(木)18:00です。