戦争と平和、その180~会議七日目、昼④~
「私はこの会議の実務を任されていて、時に聖女ミリアザールより全権を委任される立場にあります。それが飛び入りで突然参加してきて、どこの馬の骨ともしれぬ妾ごときに発言を邪魔されるいわれはない」
「この・・・!」
「その通りだ、マリア。少し控えろ」
浄儀白楽の窘めに従い、息を大きく吐いて冷静さを取り戻すブラディマリア。
「・・・失礼しました、白楽様。差し出がましい真似、ひらにご容赦を」
「ここは交渉の場だ。それでいい」
「(覚えておけ、人間! ・・・人間?)」
ブラディマリアはミランダをもう一度見て何かしらの違和感と既視感を覚えたような気がしたが、それは次のミランダの発言によって遮られた。
「黒の魔術士の正確な現状を知りたい。私の考えでは、オーランゼブルに付き添う者はそれほど数がいないのではないかと思っているのだけど」
「なるほど、その読みは正しいわねぇ。私の知る限り、黒の魔術士はほとんど全員が離反状態にあるわぁ。
まだ洗脳されているのはライフレス。そして洗脳されたふりをしているのはドゥーム。アノーマリー、サイレンスは死亡。そして私、ティタニア、カラミティは離反状態にある。ドラグレオは洗脳が解けたけど行方知れず。同じくヒドゥンも行方知れず。もう一人ユグドラシル、だったかしら? は、そもそも何を考えているのかもしれないわ。おそらく最初から洗脳されていなかったのね」
「その中でオーランゼブルそのものに強い恨みを抱いているのは?」
「わかったことを聞かないでほしいわね、全員に決まっているでしょ? ただオーランゼブルの奴は慎重よ、その工房がどこにあるのかは私たちですら知らない。いえ、知っていても侵入する手段がないでしょうね。仮にも我々を洗脳するほどの魔法使い。殺したいのはやまやまだけど、どこにいるのかもわからないのではね。
それに魔法使い、魔術士としての実力も相当よ。我々魔人は元素の力そのものを扱うけど、オーランゼブルの奴はそれらを体系化、系統化してより能率よく運用するわ。純粋な出力や魔力量では上でも、魔術合戦をすれば私とて分が悪いわぁ。
加えて、オーランゼブルが得意とするのは直接的な攻撃ではなく、精神攻撃や状態異常などの間接攻撃よぉ。戦い方次第では、オーランゼブルの姿を見ることすらなく、わけもわからないままに敗北するでしょうねぇ」
ブラディマリアの口調に嘘は感じられない。もっともオーランゼブルの居場所が知れているのなら、この自尊心の高い魔人は洗脳が解けた段階で殺しに行っているだろう。それを実行できていないのは、オーランゼブルが脅威なだけではなく、居場所が分からないことが原因なのはわかっていた。
それに、一度でも精神操作されたことは本能的にブラディマリアに中に恐れを抱かせているのだろう。いつまた同じ状況に陥るかもわからず、やみくもに突撃するのは憚られることは想像できる。
そしてミランダが次の質問をすると、ブラディマリアからは驚きの発言があった。
「で、個人的にお願いしたいことというのは何なのかしら?」
「貴女たちにとっても悪い話ではないはずだわ。まずはカラミティ、その次にオーランゼブルを殺す手伝いをしてもらいたいのよねぇ」
「「!?」」
この提案には思わずミランダとミリアザールも顔を見合わせた。オーランゼブルはともかく、カラミティを倒す手伝いとはどういうことなのか。
ブラディマリアは続ける。
「かつて南の大陸で、私、カラミティ、ドラグレオが三すくみを形成していたのはご存じ?」
「ええ、それは」
「ではその三すくみで、最も優勢だったのは誰か」
「・・・お前ではないのか?」
ミリアザールの問いに、ブラディマリアはくすりと笑って答えた。
「もちろん優勢の定義にもよるでしょうけど、私はカラミティがもっとも優勢だったと考えていたわ」
「馬鹿な? カラミティは魔人を上回る化け物だというのか?」
思わず席を立ったミリアザールをあやすようにブラディマリアが着席を手で促す。その行為がブラディマリアの溜飲を下げたようである。
「落ち着きなさいな、子狐ちゃん。妾は当時さる事情からあまり前線に立つことができなかった。それはカラミティも同じだけど、カラミティの厄介な特性は『休息が不要』ということよ。
あの女が厄介なのは、休みなく常に攻めてくることよぉ。戦力では我々が上でも、所詮生き物は睡眠と食事を必要とするわ。それが不要なカラミティの手勢は非常に強い。いえ、生き死にを考慮しないで命令に従うからかしら。私の手勢が最初は優勢でも、必ず弱らされて狩られていったわ」
「・・・」
「最強だったのはドラグレオ。その前の白銀公も厄介だったけど、ドラグレオは正真正銘一人だけでカラミティとやりあってましたからね。化け物という意味では、一番ドラグレオが化け物ね。
だけどドラグレオをもってしても八重の森は攻略できなかった。ドラグレオのスタミナはまさに異常だけど、それでも全く休息や睡眠を必要としないわけではない。抜けて5層までだったと言っていたわぁ。
カラミティの戦い方は、鉄壁の陣地を作り上げてそこで増殖を繰り返し、延々と遠距離の波状攻撃を継続してくる。波に強弱はあっても、決して止まることのない波状攻撃。単純だけど、一度図式が完成するとひっくり返すのは容易ではないわ。それを今、彼女はこの大陸でやろうとしている。知っているわよね?」
「ああ、八重の森は空だったからな。こちらの大陸に本体を移したのはわかっている。本体の場所も見当がついている。ローマンズランドだろう?」
ミリアザールの言葉にブラディマリアは頷いた。
続く
次回投稿は、6/19(火)18:00です。




