戦争と平和、その178~会議七日目、昼②~
「ミリアザール様、お久しゅうございます」
「し、詩乃・・・」
ミリアザールは午後の会議場に入った途端、驚きのあまり固まらざるをえなかった。そこには討魔協会筆頭代理も務める、清条詩乃がいたのだ。かつて留学時にその面倒を見、清条家で立場を失くし下手をすれば暗殺されかねない詩乃に生きる術を教え、娘か年の離れた妹のように可愛がった詩乃が、何の前触れもなく目の前に突然現れたのだ。
だがミリアザールが驚いたのはそれだけではない。詩乃の前の席に座る男女に驚いたのである。ミリアザールも報告でしか知らないが、男の容姿は間違いなく討魔協会の長である浄儀白楽その人だった。
さらに驚くべきは、その傍にいる女。殺気も邪気も押さえ、また容姿も以前ドゥームが深緑宮を急襲した時とは違って成人の姿だが、間違いなくブラディマリア本人だった。アルネリアの結界はアルネリアに明確な害意がある者や、闇の属性の生物、または霊体には自動的に反応するが、サイレンスの人形やカラミティに寄生された人間には反応することがないことは立証されている。
だが純粋な闇の住人である魔人ブラディマリアに、結界が反応もしないとはどういうことなのか。それに、千里眼の保持者であるはずのシュテルヴェーゼからは何の報告もない。完全に虚を突かれたミリアザールは、口をパクパクとさせることしかできなかった。
そのうち、詩乃が滔々(とうとう)と挨拶を始めた。
「使者も立てず、挨拶も遅れたことを深くお詫びいたします。こちらは今の私の主である、討魔協会会長、浄儀白楽にございます。アルネリアが認定する聖女であり、実質上の指導者であるミリアザール様にお目通り叶いましたことを、代わりまして厚く御礼申し上げ――」
「長たらしい口上はよい、詩乃」
紹介されそうになった浄儀白楽は、すっと席を立つと諸侯の前で挨拶をした。
「まずはぶしつけな訪問を詫びよう、諸君。私は討魔協会会長、浄儀白楽である。知っている者もいるかとは思うが、東の大陸は鬼どもとの全面戦争が終了したものの、まだ各国も壊滅的打撃を受けたところから再建の真っ最中だ。多くの指導者が死に絶え、国が形もなさぬまままだ連合なるものも機能していない。そういう理由で、我々討魔協会が代理として東の大陸の一切を取り仕切っている。
私は今回、東の大陸を代表して来訪していると思ってもらって構わない」
「(よく言いますわ、その残った大名たちの首をまとめて刎ねたのは誰なのかしら)」
情報網を独自に持つミューゼは、浄儀白楽のしらじらしい言い分を冷めた目で見つめていたが、ミューゼほどの情報網を持つ諸侯はそれほどいないのか、多くは唖然として突然の来訪者を見つめていた。浄儀白楽の名前すらろくに知らない諸侯もいるかもしれない。ただここまでの面々を前にしてこの図抜けた態度だけでも、只者でないことはわかるのだろう。
浄儀白楽は続ける。
「今回はこの大陸の平和会議ということで、別大陸の我々に参加、発言権がないことはわかっているが、それでも諸侯に物申したくて参った次第だ。アルネリアの庇護下にないゆえ頭は下げぬが、この会議を通じて諸侯にお願いしたいことがある。議題の最後で構わぬゆえ、後ほど発言を許してもらいたい。いかがか?」
「私は構わないと思いますわ」
真っ先に発現をしたのはシェーンセレノである。続いて、意外な人物が同意した。
「俺も構わん。救いの手を求める者を突き放すような真似は、ここにいる誰もがすまいよ。まして慈愛と救済のアルネリアなら、な」
「・・・」
スウェンドル王の一言がアルネリアへのあてつけであることはわかっていても、ミリアザールは肯定も否定もしなかった。そこに浄儀白楽の隣にいるブラディマリアが発言した。
浄儀白楽の傍にいるブラディマリアは成人の容姿をしており、やや露出の多いドレスながらも、軽やかな笑顔で社交界での礼儀を踏まえた礼でミリアザールに挨拶した。
「『お初に』お目にかかります。マリア、と申します。浄儀白楽殿の後添えかつ政治的な補佐を務めさせていただいています。私はこの大陸の出自ゆえ、案内人としてここにまかり越しました。お歴々の前で私などが発言するのはおこがましきことなれど、聖女様には後ほど『個人的に』ご相談したいこともござりますれば、ぜひともお時間をいただきたく」
「・・・いいでしょう」
ミリアザールは決して威圧されたわけではないが、ブラディマリアの声には有無を言わさぬ強さがあった。何名かがそのやりとりを訝しんだが、まさか存在すらろくに語られることのない、魔人という最強の生物が目の前にいるなどと、誰が夢にも思おうか。
ミリアザールとミランダは生きた心地がせず、また午後の会議に少し遅れてやってきたアルフィリースも一瞬顔を青くしたが、彼ら数名がブラディマリアの存在に気付いただけにとどまった。
そのブラディマリアは青ざめた三人を見て溜飲を下げたのか、満足そうに微笑みながら会議の進行をさも楽しそうに聞いていたのである。
続く
次回投稿は、6/15(金)18:00です。