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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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沼地へ、その2~変化~

「これは・・・いけない! アルフィリースが危険です!」

「何、奴らか!?」

「いえ、魔獣の群れです! おそらく森が焼けて、住処を追われた者たちかと」

「くそぅ、こんなときに」

「案内します。急いで!」


 リサが先導し、慌ててミランダ達は慌てて駆け出して行くのだった。


***


 その少し前。ミランダ達のもとを離れたアルフィリースは、リサに探してもらった森の中の川辺に来ていた。そこまで何の無かったように歩いてきたアルフィリースだが、川の傍に来て危険がないのを確認すると、崩れるように倒れ込んだ。


「ぐぅううう、い、たいっ・・・」


 アルフィリースが馬にのりながら隠した右腕には、いまだに呪印が蠢いていた。さらに左腕にも呪印が広がり始めている。


「ライフレスの気を引くためとはいえ無茶だったか、さすがに」


 アルフィリースは実は旅の最中から、なんとなく誰かに見られている様な気はずっとしていた。確信を持ったのは呪印を解放してからだったが、なんとかして外からライフレスの結界内に侵入してこようとしていた人間達には気が付いていた。どれほどの実力の持ち主かは分からなかったが、おそらくはミランダの護衛だろうことに想像をつけ、一縷の望みを託して全力でライフレスの気を引いたのだ。上手くいったのはまさに天の思し召しとでもいわんばかりの出来事だったが、どちらにしてもあのまま戦い続けて勝ち目がないことは、アルフィリースにもわかっていた。

 だがそのためとはいえ、2つ目の呪印を解放させようとしたことはアルフィリースに大きな代償を払わせた。


「師匠には、何があっても解放するなって言われていたのにね・・・ぐううぅ!」


 アルフィリースが右腕を水につけると、焼けた鉄を水に浸したかのように蒸気が湧きおこる。だが音がするわけではなく、不思議な事にアルフィリースが腕をつけた部分から、水が黒く変色していた。

 明らかに水が汚染されていっているが、当のアルフィリースは苦悶の表情を浮かべ、それどころではなかった。


「多少マシ、だけど。これは・・・ヤバい、かもっ」


 先ほどからアルフィリースは必死で呪印を押さえようとしているのだが、一向に収まらない。これは以前、彼女が生まれた村で魔力を暴走させた時の状態に似ていた。あの時はアルドリュースがいたが、今は誰もいない。自分で何とかするしかないのだ。


「せめて、呪印を封じるための儀式ができればっ」

「(そんな必要はないわよ・・・)」

「誰!?」


 その時、アルフィリースが息も絶え絶えに絞るように出した声にはっきりと返事があった。そのあまりに暗く甘い声に、思わずアルフィリースは腕の痛みも構わず大声を出した。


「誰なの? 姿を見せなさい!」

「(くすくすくす。嫌ぁよ)」

「く、卑怯よっ!」

「(卑怯なのはどっちかしら・・・)」


 声はどこからともなく響き、まるで森そのものが嗤うかのよう。あまりの不気味さにアルフィリースは蒼白になるが、だからといって怯むような彼女でもない。

 だがそんな彼女をあざ笑うかのように、さらに声は続ける。


「(卑怯なのは貴女の方よ・・・私の事、忘れちゃったの?)」

「だから誰なのよ!?」

「(昔はあんなに気持ちいい事イッパイしたじゃない。もう忘れたの? 他人より優れた力を持つ優越感、他人を力で這いつくばらせる征服感、そしてあの男を殺した時の達成感)」

「あっ・・・」


 アルフィリースの脳裏に、幼いころ魔力を暴走させて殺した敗残兵の顔が明滅する。男の顔は恐怖に濁っていた。でもどうして?


「なんで、今さら」

「(忘れたの? 都合の悪いことはすぐ忘れちゃうんだから。あの男を散々なぶって殺したじゃない)」

「違うっ! あれは事故で」

「(いいえ、事故じゃないわ。貴女は楽しみながら殺したのよ。あの男が命乞いをするのも構わず、まずは左手を斬り落とし、次に右足を砕いたわ。それで立てなくなって、芋虫のように這いずって逃げるあの男の背中に何本も鋭利な刃を突き立てて・・・)」

「やめてっ!」


 アルフィリースが立ちあがって絶叫した。


「私はそんなことしていない!!」

「(いいえ、貴女がやったのよ! 思いだせっ!)」


 突然声が強くなる。アルフィリースの頭には、幼い彼女が男を的確に追い詰めていく様が思い出されていく。左腕を斬り落とし、右足を砕き、背中には包丁だけでなく氷や大地で作った刃を、わざと急所を外すように何本も打ちこんで。ふと幼いアルフィリースが地面の水たまり、いや男の流す血でできた血だまりに映る自分の顔を見ると、その顔は実に楽しそうに嗤っていた。そう、今も水面に映る自分の顔のように――


「えっ」

「(思いだした?)」


 水の中のいるアルフィリースが嗤う。思わずアルフィリースは自分の顔を触って確認するが、明らかに笑ってはいない。なのに、水の中の自分は嗤っているのだ。


「(貴女は元々そういう性質なの。他人を力でねじ伏せたくてたまらない。人の幸せが妬ましい。血が見たくて我慢できない)」

「そんな、ことはっ」


 だが反論するアルフィリースの声にも徐々に力がなくなっていっている。先ほど思いだした光景が事実なら、自分はいったいなんという残酷な人間なのだろうか。アルフィリースが今まで疑いもしなかった、自分という人間が揺らいでいく。


「(そんなことあるわよぅ。だって、ミランダを最初に見た時どう思った? こんなに美人なので世慣れてるくせに、社会的にも認められていて、博識でもある。戦士としても一流なのに、細くてきれい。大きくてよくからかわれる私とは違うって、妬ましくなかったの? なのに、自分がちょっと辛い目を見たからって悲劇のヒロインぶっちゃってさ。私だって辛い目は見てるわよ・・・彼女の過去を聞いた時に、そう全く思わなかったの?)」

「そんなことない!」

「(じゃあリサは? 旅の途中で聞いたけど、彼女にはもう婚約者までできちゃったそうじゃない。孤児なのにずるいわよね~幸せいっぱいって感じでさ。小さな子たちにも沢山慕われているのに、対して貴女は天涯孤独。両親に見捨てられ、拾われた人には先立たれ。恋人なんてできる気配もない。違う?)」

「そんなことは」

「(フェンナだって今でこそ不幸な身の上だけど、よく考えたら王族なのよね。放っておいても王子様が迎えに来てくれるわ。周囲は皆、かしずいてくれる。平民の貴女じゃ無理よねぇ・・・この不幸なまでの差は何かしら。やっぱり生まれが違うと、こんなにも差がでるのかしら?)」

「そんなこと・・・」

「(ニアだって。ちょっと前まで戦いの事ばっかりで、恋なんて無縁だったはずなのに。彼女自身だって特に望んではいなかったはずよ。なのにいつの間にか恋人を作ったわ。しかも相手に思われてねぇ。貴女はこんなにも内心では恋愛に興味津々なのに、恋人はおろか、キスも、手をつなだことさえもない。他人から好かれるなんて、もってのほか。この差はあまりにも不平等だわ。天に嫌われているんじゃないかしら、貴女って)」

「そんな・・・こと・・・あれ?」


 ついにアルフィリースがへなへなと崩れ落ちた。頬にはいつの間にか涙が流れている。先ほどの言葉はアルフィリースが頭のどこかで考え、しかし片隅に追いやった思考。彼女達は仲間だから、友人だからと考えないようにした負の感情。それをこの声はアルフィリース本人ですら忘れていたことを、拾い集めてきたのだ。


「・・・お前は一体、何だっ!?」


 アルフィリースが叫んだ。叫ぶというよりは、悲鳴に近かったかもしれない。


「私の、心・・・心を見たのか? そんなこと、そんなことは思っていないっ!」

「(いいえ、思ったわ)」

「なぜわかるっ」


 アルフィリースが水の中で嗤う自分の顔を殴ろうと拳を振り上げた時、水が手の形を成してその腕を掴んだ。


「ひ・・・」

「(私は、貴女)」

「ウソだっ!」


 黒く汚れた水の中からアルフィリースの顔が出てくる。その顔がくすくすと、実に楽しそうに嗤うのだ。


「(嘘じゃないわ)」

「偽物め、まだ言うか!」

「(随分な言い草ね。偽物はどっちかというと、貴女じゃない)」

「えっ?」


 その言葉を聞いて、あまりの意外さにアルフィリースの体から思わず力が抜けたが、その意味を聞き返そうとした刹那。すぐ近くで木の枝をぱきんと何かが踏んだ音がした。アルフィリースは反射的にその方向を見ると、大きな牙をはやした、首の長いニワトリのような生物がこちらを睨んでいた。しかも一体ではない。10、いやそれ以上の数が背後にいる。


「魔獣っ!」

「(うふふ、絶体絶命のピンチね)」

「笑い事じゃない。この手を離せ!」

「(いいけど・・・貴女、まだ我慢するの?)」

「なんですって?」


 黒い水のアルフィリースが、アルフィリースの頬を愛撫する。


「(もう我慢しなくていいのよ)」

「それはどういう」

「(本能のままに、奴らを殺しなさい。自分の命が危険なら、アルドリュースだって呪印を使っていいって言ったでしょう?)」

「そう・・・だっけ? むぐっ!」


 アルフィリースがだがその言葉を聞き終えないうちに、なんと水のアルフィリースがアルフィリースに口付けをしたのだ。驚いたアルフィリースは抵抗する暇もなかったが、それ以前に、不思議な魔力と魅力に囚われたように身動き一つすることが敵わなかった。

 既に間近には魔獣達が涎を垂らしながら近づいてきており、アルフィリースの匂いを嗅ぎながら、獲物としての品定めをしているところだった。だが水のアルフィリースがただの水に戻り、地面に水たまりを作ると同時に、アルフィリースはゆらりと立ちあがる。そんなアルフィリースを頭から丸かじりにしようと魔獣が口を大きく開けた所、その涎がアルフィリースの髪にかかった。瞬間、アルフィリースから呪印を発動させた時以上の殺気がほとばしる。


「・・・何するのよ、汚いわね。低級な魔獣の分際で、この私に唾をつけるつもり? 万死に値するわ」


 アルフィリースの目がぎらりと光る。その目には異様な輝きと熱が浮かんでいた。



続く


 次回投稿は3/30(水)20:00です。

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