戦争と平和、その176~統一武術大会、本戦三回戦ヤオvsウルス⑥~
ウルスの手を掴んだのは、審判をしていた巡礼三番手のメイソンだった。
「そこまでだ。さすがにこれ以上は死んじまう、死ぬでしょうね」
「・・・そうだな」
ウルスの上気した体から熱が抜けていく。メイソンはいち早く治療班を呼び、ヤオを運ばせた。そしてウルスの勝利を宣言したが、凄惨な戦いと結末に、誰もウルスに向けて拍手をする者はいなかった。
そして競技場の傍で呆然と佇むセイトの肩を、メイソンが叩いた。
「心配しなくても無事だ。後遺症が残るような怪我なら、俺が止めてる、止めています。そのあたりの見極めは相当正確なつもりだ、ですよ」
「・・・そうか。彼女の傍についていてもよいだろうか」
「構わんよ」
セイトは冷静さを取り戻すと、ヤオが運ばれた方に歩いていった。その顛末を見届けながら、アルフィリースはふぅと息を吐いて緊張を解いた。
「ちょっと肝が冷えたわ」
「ちょっとですか? まさにヤオは死ぬところだったと思いますが」
リサが悪態をついた。これはいつもの悪態ではなく、痛烈にアルフィリースを批判している。
アルフィリースが慌てて取り繕った。
「いちおうアルネリアから、実力者同士の戦いでは審判に巡礼の上位をつけているとは聞いているのよ。番手までは教えてもらえないけど、この戦いには一番信用できる人をつけているとは聞いていたわ。だから死ぬことはないとわかってはいたんだけど、あそこまで見境ない技とはね」
「その口ぶり。それにアルフィ、あなたはあのウルスとやらと会話していましたね? まさか最初からウルスが勝つように仕向けましたか?」
「まさか。私はイェーガーの団長よ? ヤオが不利になるようなことは何一つ言ってないし、していないわ」
「だが、有利になるようなこともしていない」
リサの問い詰めに、アルフィリースはリサを抱え込み、ひそひそと話しこんだ。
「ちょっと、リサ。まさかジェイクを倒したこと、恨んでる?」
「それこそ冗談でしょう。私がそんな了見の狭い女に見えますか?」
「見える」
悪びれず断言したアルフィリースに、リサが舌打ちした。
「ちっ、口の減らない・・・多少恨みには思いますが、ジェイクにはお灸も必要でしょう。別にデカ女じゃなくてもよかったのですが、大規模な傭兵団の団長に勝つだなんて少々目立ちすぎます。本人にその気がなくても、過度の称讃は傲慢につながるでしょうから、ちょっと不格好に負けるくらいでよかったのです。ジェイクの目標はさらに先にあるでしょうから。
それより、デカ女は本当に何もしていないのですね?」
「ええ、何もしていないわ。ただし、私は相手のことをちょっと知っていたけどね。その情報をヤオに流していないだけ。その結果、ヤオが高確率で負けることは予測していたわ。思った以上の善戦で、逆に心配したほどだけど」
アルフィリースが語った内容に、リサはため息をついていた。
「やっぱりそういうことですか・・・どこで相手のことを?」
「師匠に昔聞いたことがあるのよ。拳を奉じる一族なる、不思議な体術を使う一族の話を。それに私の中の影にも、覚えがあるらしいわ。その記憶から、隠し玉がまだあるだろうことは予測できた。ただその隠し玉は、系統があるものの全員使用する型が違うらしいから、どんなものかは戦ってみないとわからないらしいけどね」
「どうしてヤオに隠したのです?」
「隠したわけじゃないわ、言わなかっただけ。一方にだけ情報を漏らすなんて、公平じゃないでしょ?」
アルフィリースの言い訳に、今度はリサがアルフィリースの頭を抱え込んだ。
「アルフィ、私にだけはごまかさないでもらいたいものです。私はあなたがどれだけ汚いことをやろうが、味方でいる覚悟はもうできています。『何を』やったのですか? あるいはやろうとしたのですか?」
「・・・」
アルフィリースは一瞬の逡巡の後、リサの質問に応えた。
「・・・あの子、ウルスをイェーガーに引き入れるわ。いいえ、正確にはあの子から切り崩して、拳を奉じる一族をまるごと引き入れたい」
「そんなことができるのですか? 彼らはティタニアを目の敵にはしていますが、誰にも従いそうにありませんが」
「いえ、既にアルネリアが交渉しているわ。誰にもなびかないわけではなく、彼らは共闘に慣れていないだけよ。条件さえあえば、そして我々が信頼を勝ち取れば、必ず仲間になるわ。
それにどうやら、ティタニアも彼らを敬遠している様子。それだけの理由、実力があると考えているのだけどね」
「確かに、獣将リュンカと未来の獣将ヤオを立て続けに破ったのです。ウルスなる者が一族でどのくらいの実力者かにもよりますが、彼らは立派な戦力になるでしょうが・・・」
リサには正直彼らの存在は測りかねる。ティタニアに連なる者なら、そしてティタニアが警戒するほどの相手ならなおさら危険ではないのか。そんな思いがリサの胸中に渦巻いていた。
そんなリサの不安を払拭するかのように、アルフィリースはリサの胸を小突いた。
「心配しなさんな。私にどんと任せておきなさい」
「いえ、それが不安でもあり――怖くもあるのですが。で、本心はどうなのです?」
リサのその意味深な質問にアルフィリースは答えず、にこりと笑って離れていった。その表情を見て、リサにはアルフィリースの真意がわかったのだ。アルフィリースが良い表情の笑顔を見せる時。それは、腹の中の罪悪感を消そうとするときに見せるということを。
「なるほど。拳を奉じる一族を味方に引き入れ、捨て駒にするつもりですか。イェーガーにいらぬ被害を出さぬために。そういうことでしたら、私としてもちょっとばかり手助けをしましょうかね。
コーウェンが開発していた兵器をいくつか借りるとしましょうか」
リサはこの大会期間中、遊んでいたわけではない。この会場の外にセンサーを張り巡らせ、どんな企てが侵攻しているかを膨大な会話の中から確認していたのだ。リサが事前に防いだ小競り合いや陰謀は、既に20件を超えている。当然、剣帝とそれにまつわる陰謀も既にある程度把握しているのだ。
そこまでリサのセンサー能力が進歩していることを知っているのは、ごく少数しかいない。リサはそのことを逆手にとり、ティタニアをここで仕留めるべく仕掛けを施すことに決めたのだった。
続く
次回投稿は、6/11(月)18:00です。