戦争と平和、その175~統一武術大会、本戦三回戦ヤオvsウルス⑤~
会場が固唾をのんで見守っている中、ゆっくりとウルスが間合いを詰めていく。
「降参しろ、獣人」
「・・・ふん、降参する理由がない」
「こちらにはある! この技は歯止めがきかんから、相手を殺しかねない。お前は優れた戦士だ。こんなところで再起不能にするには忍びない」
「お優しいことだ。戦いに命をかけるグルーザルドの軍人を、甘く見るな!」
ヤオが決死の覚悟で前に出た。ふらつく足取りは天性の平衡感覚で調整し、高速の連打を叩きこむ。だが今までに比して明らかに速度が落ちており、意地の攻撃であることは明白だった。
それでも危険な攻撃であることに変わりはないが、ウルスの頭には既に手加減をすることなど考えてはいなかった。
「尊敬する、獣人の戦士ヤオ。敬意をもって、『燎原の火勢』で潰させていただこう」
ヤオの攻撃が何発もウルスをとらえる。だがウルスは一歩も後退せず、むしろ前に出続けた。ウルスも猛然と反撃したが、そのほとんどにカウンターでヤオの攻撃が当たっていく。今までとは違う手ごたえに、ヤオの表情が変わった。
「(効いている? だが全く後退しない。なんだこれは?)」
ヤオの予想は当たっている。ヤオの攻撃は確かにウルスに届いており、確実にダメージも与えている。だが今のウルスは、攻撃を受けても痛みを無視することができるのだ。不退転の覚悟で発動し、相手を駆逐するまで限界を超えた身体能力で攻撃を加え続けるのが燎原の火勢。
やるかやられるか、どちらかが戦闘不能になるまで終わることはない。ヤオの攻撃はウルスに命中していたが、既に受けたダメージにより先ほどまでのキレと威力が失われていた。それに比べて、ウルスの攻撃は勢いを増している。空振りをしようが当たるまいが、全力で躊躇なく繰り出される攻撃の嵐は相手に恐怖を与える。
ウルスの攻撃が空を切るたび、ヤオの攻撃にわずかながら躊躇が生まれた。見た目に血まみれになっていくのはウルスにも関わらず、表情が蒼ざめるのはヤオ。そして、ウルスの一撃がヤオの鼻先をかすめた瞬間だった。ウルスの殺意に燃える瞳を、ヤオが見てしまった。
「――っ、うあああっ!」
「ヤオ、出るな!」
ニアの叫びもむなしく、ヤオはウルスの瞳に気圧されて不用意な一撃を繰り出してしまう。そこをウルスが逃すはずもなく、ヤオの反撃にかぶさる形でウルスの拳が初めてヤオの顔面を正確にとらえた。形の上では相打ちに近いが、後退したのはヤオ。そこに草原を焼き尽くす火のごとく襲い掛かるウルスの猛攻。
一瞬で形勢は逆転し、ヤオの拳は何発かウルスをとらえるもその勢いを止めることなく、ほどなく空を切るように力なく繰り出されるだけとなった。拳だけでなく瞳からも正気を失くしたヤオが、崩れるように倒れかける。
「ああっ」
「勝負ありだ」
が、その倒れかけるヤオの胸倉をつかみ、さらに追い打ちをかけるウルス。ヤオの風船はまだ残っているから、試合終了までの宣告も始まらない。ヤオは執念と本能で手だけを前に出すが、それらが決してウルスに届くことはない。むしろ反撃の意志を見せることで、半端に審判が止めにくくなった可能性が高い。
ここまで戦いを見ていたアルフィリースが、がばりと体を起こした。
「まずい! ヤオの意識が飛んでる!」
「このままじゃ致命打になります」
「団長、俺が行く!」
いち早く反応したのはウィクトリエとセイトだったが、既にウルスは決めの拳を振りかぶっていた。あれが命中すれば、いかにアルネリアのシスターが控える場所といえど、ただでは済まなくなる。
セイトが飛び出しながら、焦っていた。
「くそっ、間に合わん!」
「セイト、そのまま!」
アルフィリースがセイトに向けて魔術を発動しようとした瞬間、ウルスの手を止める者がいた。拳は振られることなく、ヤオはずるずるとその場に崩れ落ちた。
続く
次回投稿は、6/9(土)19:00です。