戦争と平和、その174~統一武術大会、本戦三回戦ヤオvsウルス④~
「それは見ていればわかるが――少なくとも、至近距離からの石つぶてすら躱す集中力だ。一撃放り込むことすら容易ではないと思うがな?」
ニアの言葉通りの現実が起ころうとしていた。最初は防戦を決め込んだウルスだが、観客の声援を背にますます回転が上がるヤオの攻撃に焦り始めた。体への直接的なダメージはないのだが、鉄壁の不動をかけたままの体が後退している。不動はヤオの攻撃の衝撃まで全て殺しているわけではないのだ。
「(まずいな。背後をとられにくいように外側に陣取ったのが裏目に出ている。このままでは衝撃で押し切られて場外だ!)」
ウルスが反撃を試みようと、竜巻のようなヤオの動きに中に拳を差し出す。かすりでもすればヤオの動きが鈍るだろうと想定したその目論見は、淡い期待に過ぎなかった。
「!?」
普通なら、攻撃に対するカウンターは一撃。だがヤオのカウンターは、それこそ数えるのが億劫な数が飛んできた。ウルスが数えられたのはかろうじて10まで。それ以上の打撃がウルスに襲い掛かった。
「・・・!」
不動が解除されないほどのぎりぎりの低速だったとはいえ、動けば不動は完全な防御法ではなくなる。そこにカウンターが十数発も飛んで来れば、さしものウルスもダメージは回避できない。
そこで咄嗟にウルスは再度防御の姿勢をとった。両腕で体の正中を守るような姿勢をとったが、それがいけなかった。空いたこめかみに左右からヤオのフックが叩き込まれ、たまらず少し空いた両腕の隙間にヤオの乱打がねじ込まれ、ついに空いた両腕の隙間からヤオの拳がウルスの顎に命中した。
「!?」
何が起きたのかわからず、ウルスがたたらを踏んだ。いかに不動をかけていても、人体の急所は弱い。そこに何発もの拳が飛んできたのだから、たまったものではない。
ウルスが後退したのを確認し、ヤオが勝負を決めに来る。
「もらったぁ!」
「――静かなること、林の如し。『沁破』」
ウルスが突然左手を出すと、ヤオからは音が消えた。その直後、何かにぶつかったように吹き飛んだヤオ。全力で仕留めに行っていただけに、意識が一瞬とぶほどの衝撃となった。
「・・・あ」
「馬鹿な、遠当てだと!?」
叫ぶニアを傍に、アルフィリースが呟いた。
「やっぱり隠し玉をもってたか。さて、まだあるかしらね」
アルフィリースの予想通り、ウルスの呼吸も見た目も変化していく。呼吸は早く荒くなり、体色までもが赤く染まるように上気していくのがわかった。
これを見ていたミランダが驚く。
「これ、アタシと同じ?」
「血流操作の類でしょうね。しかし薬物に頼らず、自力でそんなことができるとは」
楓の疑問にミランダが答えることはなかったが、明らかなのは目の前では形勢が逆転したことだ。まだ足取りがおぼつかないヤオと、決めに来ているウルス。これからどうなるかは明らかに見えた。
続く
次回投稿は、6/7(木)19:00です。




