戦争と平和、その172~統一武術大会、本戦三回戦ヤオvsウルス②~
「では見返りは考えておくとしよう」
「賭けは成立ってことでいいのかしら?」
「ああ、いいだろう。拳を奉じる一族の名に誓って」
「じゃあ楽しみにしておくわ、次の試合頑張ってね。あ、一つ助言しておくと、油断なしのヤオは相当強いから、隠し玉があるなら惜しみなく使わないと勝てないわよ?」
アルフィリースの助言に不気味さを感じるマイルス。それはウルスも同様だったのか、表情が一瞬強張った。アルフィリースはその表情を見ると、柔らかく微笑んで去っていった。
アルフィリースが消えた後、マイルスが不安そうにつぶやく。
「姉さん、あの傭兵は僕たちの戦いを知っているのかな?」
「まさか。ここ数十年で、我々が里の者以外と接触を持ったことなど数えるほどしかないはずよ。我々の秘技が知れようはずもないわ」
「だけど・・・」
「想像で語ったのよ。きっとそうだわ」
ウルスは自らの不安を払拭するように断言した。だがウルスにとってもっと不気味だったのは、アルフィリースが仲間であるヤオではなく、ウルスが勝つとさも当然のように考えていたことだ。
そしてその不安を抱えたまま、次の試合を告げる審判の声があった。我に返ったウルスは両の頬を叩き、気を引き締めて戦いの場に向かった。
「両者、前へ!」
歓声が一際大きくなり、会場からウルスとヤオの両名を呼ぶ声が聞こえてきた。これはウルスにとって意外だったが、先日リュンカに対して快勝したウルスの名声は既に武術大会で有名になってきている。
またヤオに関しても、相手に触れさせもしない戦いぶりは既に知られるようになっていた。加えて武術大会の予想屋なる連中が、『仲間の仇討ちなるか!?』などとこの試合の喧伝を盛大に行ったせいで、多くの観客が詰めかけたのだ。
ウルスの目の前にいるヤオに関して、調べていないわけではない。イェーガーに出向している、グルーザルドの軍人。次世代の獣将と呼ばれるほど才能にあふれており、イェーガーにいる獣人の中では最も実力があると目されている。戦い方は速度を重視し、一撃離脱を得意としている。
ウルスは決して獣人を馬鹿にしているわけではない。むしろ正面切っての戦いでは相当に不利になると自覚している。だからこそ、下準備を怠らない。リュンカのことも調べたうえで戦いに臨んだ。今日も、明日もきっと同じことをするだろう。
開始の合図がある前に、ウルスは開始線よりも充分に距離をとって構えた。臆病に見えるかもしれないが、ヤオの速度を警戒してのことだ。これだけの距離があれば、反応が十分に間に合うはずだ。うかつな一撃がくれば反撃してやると考えていたところ、開始の合図と共にウルスの顔面が衝撃で弾けていた。
「(!?)」
「まずは、挨拶代わり」
一瞬くらりとしたウルスの目には、ヤオが複数いるように見えた。距離をとって改めて確認したが、それでもやはり複数人いるように見える。それは別にウルスだけではなく会場も同様のようで、観衆がざわめきはじめた。
「なんだ、あれ?」
「獣人の娘が何人も?」
会場がざわめくのも仕方がない、観戦しているイェーガーの面子ですら驚いているのだ。観戦するニアの隣にはアルフィリースがいた。アルフィリースがヤオを指さしながら、ニアに質問する。
「あれ、残像よね? 速すぎて目の錯覚を起こしているってこと?」
「そうだ。だがまだ本気じゃない」
「以前あなたとやった時、あそこまでの速度はあったの?」
「ない。ヤオはここ数ヶ月で急激に強くなっている。あの子が獣将候補と言われたのは、これからの伸びしろを期待されてのことだ。私はもういくらも強くならないだろうが、ヤオは違う。これから10年ほど、あの子は成長し続けるだろう。
我々ネコ族の体が完成するのは遅い。アルフィリースは我々の種族の特徴を?」
「以前、少しだけ聞いたことがあるかしらね」
アルフィリースの言葉に、ニアが説明する。
続く
次回投稿は、6/3(日)19:00です。