戦争と平和、その168~会議七日目、朝③~
「案内しなさい。現場の保全は指示しているわね?」
「もちろんです」
アリストの案内ですぐに現場に向かうミランダ。現場にはアルベルトとイライザが既におり、負傷者の怪我の治療は既に開始されていた。使節に随行している女性の腕に矢が刺さったようだが、命に別状はなさそうだ。
ミランダはちらりと負傷者に目をやったが、すぐにどこから矢が飛んできたかを調べた。空中に結界が破られた跡が残り、窓ガラスも破られている。この日のために曇りを極限まで取り除いたガラスを揃えたというのに、全く腹立たしいとミランダは破れたガラスを睨みつけていた。
それにガラスは魔術で強度を数倍に強化してある。破ったとなると、魔術の重ね掛けをした矢なのか。であれば、人間を狙ったのであれば、当りどころが悪ければ粉みじんとなってもおかしくない威力だ。そこまでするつもりだったか、あるいはただの結果としてこの程度の被害で済んだのか。それに魔術の重ね掛けに耐えられる矢の素材ともなれば、自ずとその種類と生産場所は限られる。
ミランダの背後で、アリストが被害者から抜いた矢をそっと差し出した。だがその矢を見て、ミランダは目を丸くした。
「・・・? ちょっと変わった矢だけど、先端はただの鉄に見えるわ」
「はい、素材に特段変化はないかと。ただし鏃が重く、刃を交差するように作ってあります。貫通力に特化させた矢に、強化の魔術をかけて結界とガラスを突破したのかと」
「ふん、こういうやり方があるとはね」
ミランダが矢を持ち、敗れたガラスの場所に合わせてみようとしたその時である。ピイイ、と高い音で視線の中を矢が通過していった。鳴り矢だとミランダが気付いた瞬間、反射的にミランダが左手を突き出す。
結界とガラスが一瞬で割られ、ミランダの左手は飛んできた矢を反射的につかんでいた。鏃がミランダのこめかみに触れて、すんでのところで止まる。遅れてじわり、とミランダのこめかみから血が滲む。
再び場は騒然となった。
「アノルン様! お怪我は!?」
「・・・見てのとおり、大丈夫よ。やってくれるわね、白昼堂々私の暗殺を狙うとは。いえ、それとも立場が上の者なら誰でもよかったのかしら? 正確に頭を狙った腕前は大したものだけど、これはちょっと見過ごせないわ」
ミランダが矢を地面に叩きつけながら、左手に魔力を集中させていた。その表情はあくまで怜悧に、そして目を細めて対象を見据えると同時に、既に魔術の詠唱に入っている。
「・・・いたわね」
『――光もて、我が敵を貫かん《追跡光弾》』
ミランダの左手から腕程の太さもある光の矢が放たれた。その矢は凄まじい速度で発射され、ガラスと防御結界を破壊して矢が向かってきた方向に飛び去り、数瞬の間を置いて遥か彼方の小高い丘の木に命中していた。
だがミランダが着弾を確認しながら、舌打ちをしていた。
「やるわね、逃げたわ。魔術の矢を回避するとは、なんという身のこなし」
「アノルン様、敵は?」
「敵は一人、相当な腕前だわ。追撃を出すけど、後をつけるにとどめなさい。うかつには仕掛けないこと、いいわね?」
「はっ」
アルベルトが敬礼をして去って行く前に、ミランダがその耳にそっと耳打ちする。
「(口無しでも相当上位の者、それに巡礼もつけなさい。相手は普通じゃないわ。半端な者を出せば返り討ちになるでしょう)」
「(捕獲しますか? それとも処分を?)」
「(捕縛が望ましいけど、おそらく無理ね。最低限、相手の塒を突き止めなさい)」
「(承知しました)」
アルベルトがその場を離れ、ミランダは髪をかき上げながらその場を去って行く。既にこめかみからの血は止まっている。騒然とする場を収めながら、その背を見てエルザはふと思った。
「ミランダ様、ここからどうやって相手の位置を見たのかしら・・・?」
丘の上の木など、ここから見えようはずもない。格別視力の良い者ならあるいは見えるのかもしれないが、それでも遮蔽物があるだろうにと思う。
だが対応に追われるエルザは、その疑問を頭の端にすぐに追いやり仕事に集中していた。
続く
次回投稿は、5/26(土)20:00です。