沼地へ、その1~逃亡~
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そしてこちらはアルフィリース達。とりあえずニアを一刻も早く治療するのが先決だという結論に達し、ユーティの先導でエアリアルが愛馬のシルフィードを駆り、ユーティの里へと先行していった。後にはアルフィリース、ミランダ、リサ、さらにはくの一達が残っている。今は目印となる少し大きめの木の元で、楓が合流してくるのを待っているところだ。
「結局、この面子ですね。ミランダ」
「ん? ああ、そうだね」
「最初と言えば最初の面子ですが、あの大人数で旅していた事を考えれば寂しい限りです」
「・・・」
「ニアが無事ならよいのですが。ここも落ち着かないし、早く離れたいところです。その後の事も、もう決めておいた方がいいのではないでしょうか。貴女の考えを聞きたいのですが、ミランダ? 大丈夫ですか?」
「いや、少し考え事をね」
リサは不安もあるのだろうか口数が普段よりも多く、懸命にミランダに話しかけているのだが、ミランダは考え事をしているのでどこか上の空だった。アルフィリースに至っては、先ほど水場に行くと言って一人離れて行った。リサのセンサー能力ではしっかり安全を確認できているので、今のところ問題はない。
「考え事。何をです?」
「うん、私達は完全に手を抜かれたんだなと思ってね」
「・・・それはリサも感じていました。最初から、奴には私達を殺す気はなかったのかもしれません」
「リサもそう思う?」
ミランダ青の瞳がリサの視線と交錯する。リサの目は見えないわけだが、それでも顔の向け方などは普通の人間と変わりないため、会話をする時にリサは相手の目がある方向を見るのだ。ただの盲目の人間ならなんとなく見るだけだろうが、センサーのリサは相手の目の位置も正確にわかるため、振る舞いが健常な人間とほとんど変わらない。目に光が無い分、目からの感情の表出が少し乏しいくらいである。だがそのリサをして、目には困惑、怒り、不安。様々な感情が浮き沈みしているのがミランダには見て取れた。
「ええ。私達を殺すつもりなら、最初の不意打ちで十分でしょう。現にフェンナの仲間は一撃だったわけですから。それにあれほどの実力があれば、私達を100回全滅させて余りあるはずです。加えて、まだ余力をライフレスは残しているようでした」
「・・・あれで全力じゃないの?」
「恐ろしいことですが。奴が強すぎて私の感知できた範囲では詳しいことは分かりませんが、全力でないことは間違いないでしょう。魔力はまだまだあり余っていましたよ」
「加えて不死身・・・なんてこと。あんなのがアタシ達の、いえ、人間の敵になったら」
間違いなく人類は滅びるのではないだろうか、とはミランダは口に出さなかったが、その可能性も考えていた。ミリアザールよりも強いのならば、アルネリア教会としては手の打ちようがあるのかどうか。ミランダがアルネリア教会の全ての事情を知っているわけでもなし、戦いの次元が余りに雲の上過ぎて、どうにもミランダには事態の全体像がつかめないでいた。
こうなってくると、自暴自棄になって適当に生きていた自分が、ミランダは恨めしい。なぜもっと明確な目標を持ってこの不老不死の命を利用していなかったのかと思っても、既に後の祭りだった。それに自分が不死身であることを知りながらも、アルフィリースが2つ目の呪印を解放しようとした瞬間、どこか心の中で安堵した自分がいたのだ。これで自分は助かる、と。それがミランダには許せなかった。自分のせいで恋人を失くしてから、決して他人を自分のために犠牲にしないと誓ったはずなのに。そのための自分の体のはずなのに。
「(結局のところアタシの本質は変わっていないのか・・・ずるくて小心者のままなんだね。強く・・・強くなりたいな)」
そのようなミランダの内心が垣間見えたのか、リサが心配そうに傍に寄って来た。
「ミランダ、本当に大丈夫ですか? 相当落ち込んでいるように感じられます」
「ん。正直落ち込んでる」
「無理もありませんね。でも口に出せるならまだ大丈夫でしょうが・・・」
「お取り込み中の所すみません、楓が戻りました」
会話を遮って声をかけてきたのは口無し達。くの一が3人そろって片膝をつき、かしこまっている。
「だから、アタシはそういうのは嫌いだって言ってるだろ」
「申し訳ございません。我々はこれしか知らないもので」
「・・・まあいいや。それよりよく逃げられたね。えっと、楓だっけ?」
「これは過分なお言葉。情けないことながら逃げるのに手いっぱいでした。加えて、集落内に大量にシーカーが入ってきたため、見つからないように逃げました所、合流が遅れましたことをお詫びいたします」
楓が一段と深く面を下げる。任務に失敗すれば死。口無しがそういうものだとミランダは聞かされていたし、実際梓からは楓を見捨てて逃げるように進言された。だがミランダには納得のできないことだったし、考えもあったのだ。
「そんなことはどうでもいい、命あってのものだねさ。敵の追撃は?」
「いえ、あの男はその後姿を消しました。部下の骸骨も同様です。シーカー達が血眼になって探していますが、この近くにはもはやいないようです」
「なるほど、ならば一安心か。それよりアンタ達にやって欲しいことがある」
「は、なんなりと」
梓が答える。
「まずは最高教主に向けて、使者に1人立ってほしい。ここで起きたことを余さず伝えてほしいんだ。あの敵のことも含めて、早急に手を打ちたい。文章は今からしたためるから、確実に届けてくれ」
「はい」
「次にもう1人は、フェンナとカザスを探してほしいんだ。生きていれば多分シーカーが救出していると思うんだけど、生死も含めてしっかり見届けて欲しい。大切なアタシ達の仲間だからね。それで、もし生きていたら、フェンナにはアルネリアを訪ねてくるように伝えてほしいんだ。これはフェンナ本人に図って欲しいんだが、使者に立った者はそのままフェンナとアルネリア教の仲介をしてくれればと思う。場合によってはシーカー達をアルネリア教で保護することも考えている」
「・・・了解しました」
今度は梓の答えは少し鈍いものだったが、事態が事態だけにいたしかたない。もし世間でダークエルフと認識されているシーカーをアルネリア教が大量に受け入れれば、社会的に大きな波紋を呼ぶことになるだろう。これが巡礼筆頭のミランダだからこそ梓も任務と納得したが、そうでなければいかにミリアザールの命令でミランダの指示を聞くようにと言われた梓でも、独断でそのようなことをしてよいものかと了解しかねたことは明らかだった。
さらにミランダは続ける。
「それで、アタシの監視もまだ続けるんだろう?」
「はい、恐れながら」
「じゃあどういう人選にするかは、梓に任せるよ。アタシはこれから手紙をマスターに書く」
ミランダはそう言って早速荷物から紙とペンを取り出した。インクの代わりになるような物は、ミランダ得意の調合で代用になる物を作り出せる。しかもご丁寧に、特殊な方法でしかを文字が浮かないように細工をしていく。この手紙の読み方はミリアザールしか知らず、いざというときのため、ミランダが昔ミリアザールに提案したものだ。
その手紙が書き終わるまでじっと他の面々は待ってたが、もう手紙も書き終わろうかという時、梓が唐突に口を開いた。
「ミランダ様、私からも1つよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「ニア殿の治療をした後、どうなさるおつもりで?」
「そのことね。私としては、ここは大草原の北だから、いっそ沼地を抜けてもよいかと思っているんだけど」
「しかしあそこは、『帰らずの沼地』と呼ばれている場所では?」
リサが口を挟んできた。それも当然だろう。大草原になぜ北側から入って来る人間がいないのか。一つには、大きな3つの街道の中でも北の街道は寂れていて、人通りそのものが少ないということ。また大草原へ入るためには、その街道からすらもかなり離れていかなければないらないということ。
さらには、大草原の北側には『帰らずの沼地』が中央付近に。『迷いの森』が東側、『嘆きの谷』が西側に広がり、実質南からしか入れないようになっているのだ。もっとも抜け道はあるようだが、一般の冒険者が知るはずもなく、またかなり危険な道であることに変わりはない。
だがミランダは自信満々とまではいかないまでも、はっきりと言いきった。
「沼地を通る方法はあるよ・・・アタシは知ってる」
「なるほど、ではあの噂は本当でしたか」
梓は心当たりがあるらしく、納得していた。だがリサには何のことやらわからない。
「噂?」
「ああ、実はアルネリア教会なら――」
「待って!」
リサが突然ミランダを遮った。その顔に緊張が走る。
続く
最終シリーズは毎日連続投稿で一気に行きます。
次回は明日3/29(火)19:00です。