戦争と平和、その166~会議七日目、朝①~
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――大陸平和会議七日目――
以前の平和会議では、『会議は踊る、されど進まず』と揶揄された進行の遅さもあったが、今回の平和会議は激動の連続で、各使節団は対応に追われて睡眠すらままならない日々が続いていた。
会議場では連日夜会のための食事や酒が用意されているのだが、それらもほとんど消費されることなく無駄になっている。通常の平和会議であれば大きな議題がでなければ夜会が行われ、恋の一つや二つも芽生えるものだが、諸国の使節は密談に忙しいのか、申し訳程度に使節団の一番下っ端を派遣する程度で、夜会は閑散としたものだった。これならアルフィリースがいなくとも、レイファンも声を懸けられる心配はなかったかもしれない。
給仕たちは残った食事を分けてもらえることに喜んでいたが、ミランダやエルザを始めとする運営側にとっては喜ばしくない事態だった。苦労して取り寄せた山海の珍味は多くが味わわれることがなく、ただその質を落として鳥獣の餌となるのみだからだ。
それらも朝になるときれいさっぱり片付けられ、小ホールには朝食を食べる時間がない者たちのため、軽食が並べられる。そこで朝食をとる諸侯も多いが、誰もが眠そうな目をしながら、会話も少なく食べ物をもそもそと口に運ぶだけとなっていた。
そんな諸侯の様子をちらりと横目に見ながら、ミランダとエルザは足早に廊下を進んでいる。
「皆疲れているわね」
「ほとんどの者が日付が変わっても密談していますからね。それに明け方近くまで話しあっている者も」
「おかしな兆候はない?」
「はい。盗聴する限りでは」
エルザがさらりと答えたが、ミランダは隣で小さく頷いていた。当然、諸侯の密談を盗聴するよう指示したのはミランダだ。エルザはミランダのやり方に感心していた。
「しかしミランダ様の言った通りでした。どの諸侯も魔術的な盗聴は気にするのに、古典的な隠し扉や、天井裏、伝声管には気づかないとは」
「皆魔術に頼り過ぎなのよ。それに気づかない人が多すぎるわ。もっともこのアルネリアは有名な結界、防御魔術を敷く魔術都市。アルネリアに口無しという間諜がいることも知らない諸侯の方が多いでしょうし、他国の使節による魔術を警戒するのは無理からぬことだわ。
それに施設団の中に魔術士がいれば気付くように、わざとらしく魔術的な仕掛けをいくつも施しているから。魔術士どもはそちらを気にするでしょうね」
ミランダの細かな仕掛けに驚くエルザだが、この慎重さは見習うべきところだと心に留め置いた。
もちろんミランダがここまでするのには諸侯の動向を見守りたいということ以外にも、彼らの安全を配慮してのことだ。使節団の宿には表向きには神殿騎士を、裏方には口無しを配置しており、仮に諸侯に危険が及べば対処、あるいは犯人を捜しやすいようにはしている。平和会議とはいえ、いままで暗殺や傷害の類が起きていないわけではない。余計な事件を起こされて、アルネリアの責任問題にされるのはミランダとしても望むところではない。
そして最大の懸念をミランダはエルザに聞いた。
「ローマンズランドへの間諜は相変わらず難しいかしら?」
「はい。というか、不可能ですね。非常に攻撃的な虫による結界ともいえる防御陣。各国の侵入者たちにより半分近くが排除はされましたが、それでもあれをかいくぐって侵入するのは容易ではないかと。ミランダ様の睨んだ通り、ローマンズランドにカラミティがいるのは間違いありませんね」
「ふん、八重の森の中心部がもぬけの殻でしたからね。本体が移ったのは間違いないでしょうよ。その先がよりにもよってローマンズランドとは。本体が来ているというのが確信できただけでも良しとすべきか。何を考えているのは、会議で引き出さないとだめね。まさかここで暴れやしないでしょうけど。他には?」
ミランダの質問に、エルザが手元の書類をめくった。既に彼女たちはミランダの執務室に移っている。どの国も承知ではあるだろうが、仮にも盗聴していることを知られるのは体裁がまずい。エルザは報告にある、間諜が不可能だった諸侯の一覧に目を通す。
続く
次回投稿は、5/22(火)20:00です。