戦争と平和、その164~会議七日目、早朝③~
ピグノムはディオーレの意を汲みとって話し続けた。
「誓約は互いに対する誓いだ。これを違えることがあれば、人間は精霊騎士としての力を失い、また精霊はその力を失う。力を失う程度で済めばいいが、下手すると存在そのものが消えちまうこともある。
だから制約や誓約の内容ってのは、決して他人に知られてはいけないのさ。下手すればそれが致命的になることもあるからな。そして誓約ってのは、互いの生きざまに対する重さが釣り合ってないとだめだ。
見たところ、人間のお嬢さんは願うことがあるようだ。だが内容が具体的じゃない。そのアルフィリースって女をどこまで守ってやりたいのか。守るのは肉体か、精神か、はたまたその願いか。その点が明確じゃないといえる。
そしてウィンティア、だったか? お前は人間に願うだけの何かがないな? いや、あったが既に諦めているか、あきらめざるを得ない。違うか?」
ピグノムの問いかけに、黙って聞いていたウィンティアが目を細めて答えた。
「・・・土の精霊は寡黙と聞いていたけど、随分と良く喋るのね。詮索屋が嫌われるのは人間と同じよ?」
「そいつは悪かったな。風や水の精霊と違って、俺たち土の精霊は無骨でね。無遠慮なだけで、悪気はないのさ。そしてついでに言わせてもらえば、あんたらは互いの望みが釣り合っているように見えない。だから契約には向いていないと思うのだがね」
ピグノムの言葉にウィンティアは沈黙で肯定した。エアリアルもまた黙ってピグノムの言葉を聞いていたが、エアリアルとしてはそれでも納得ができないのだ。
「話はわかった。だが釣り合う誓約とはなんだ? 具体的な内容でもなければ、我には理解しかねるのだが」
「それはそうだろうな。では私とピグノムのことを話そうか」
「おい、ディオーレ?」
なんてことを言うのかとピグノムが身を乗り出しかけたが、それをディオーレが制して話し始めた。
「構わんさ、エアリアルは他人にぺらぺらと話すような人間ではない。それにここまで話をしたのだ、期待させた責任もある。
私の誓約は、アレクサンドリアを恒久的に守ること――この場合、王都と王家の存続に当たる。アレクサンドリアが健在な限り私は不老であり、これからも永久にアレクサンドリアを護り続けるだろう。これが私の誓約だ。そして――」
「待て、自分で言う」
ピグノムがディオーレを遮った。気難しそうな顔がさらに難しそうになっている。だが頑固さはディオーレの方が上のようなのか、ピグノムがあっさりと折れて話し始めた。おそらくは何度も繰り返されていたやりとりなのだろう。ピグノムにはため息もあった。
「この騎士様は一度言い出すと聞かないからな・・・昔はもうちょっと可愛げもあったんだが。
俺の誓約は、荒れ地を元の緑の大地へと還すことだ。今緩衝地帯として放置される、小国の乱立する地帯。あそこに俺の故郷はあった。それが戦争で荒れ果て、もはや見る影もない。
土の精霊ってのはその性質上、故郷を非常に大事にする。普通は故郷がなくなればそこで潰えるものだが、俺は異端だ。生まれ育った土地を離れてでも、土地を元に戻したかった。俺が上位精霊になった理由の一つだ。
だが荒れた土地を戻すにはさらに力が必要だ。上位精霊のさらにその上――最高位精霊になり、土を支配する豊穣精霊となって故郷を豊かにするのが俺の望みだ」
「・・・待て、それは誓約として釣り合うのか? ピグノム殿の方が壮大な計画に聞こえるのだが」
エアリアルが再度疑問を呈したが、ピグノムはすぐに頷いていた。
「お前の疑問はもっともだ。実は俺は精霊騎士、あるいは精霊守護者を得るのはディオーレで三人目だ。それぞれの騎士がそれぞれの誓約を持ち、彼らから力を得て今の俺がある。俺が望みをかなえるまでの残り期間と、ディオーレの誓約が一致したのだろうと俺は考えている」
「そんなことがありえるのか?」
「事実あるのだからしょうがない。俺が生まれた時には色々な形で精霊と人間は契約していたからな。その中には複数の人間を契約する精霊もいた。今では精霊の数がめっきり減ってしまって、精霊騎士そのものを見かけることもなくなったが。
まぁ俺も知っているのはこのくらいだ。他に質問があるか?」
ピグノムの言葉にエアリアルは首を横に振った。するとピグノムがディオーレと頷きあい、ピグノムは出てきたときと同じように土の中に去って行った。
続く
次回投稿は、5/18(金)20:00です。