戦争と平和、その158~会議六日目、夜⑤~
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ミランダは報告を聞きながら軽くめまいを覚えていた。これほど長大なトーナメントを組めば、剣帝ティタニアがどこかで消耗し、仕留める機会が増えるのではないかと考えていた。
だがティタニアを消耗させるべく呼んだ戦士たちは誰もがティタニアとは離れた場所に組み分けされ、天覧試合までは当りそうにもないのだ。もちろん強い相手はいるだろう。だが彼らがティタニアとどこまで戦えるのか。アルネリアの息がかかっていれば搦め手の一つや二つは仕込めるのだが、部外者とあればそういうわけにもいくまい。
強者は豪運も備えるのかと、ミランダは天に向けて文句の一つでも言いたい気持ちになっていた。傍にはエルザとイライザ、それにアルベルトしかいないので、思わず盛大にため息をついたところである。
そうなると、おそらくは拳を奉じる一族が先にどこかで仕掛けることになるのだろう。拳を奉じる一族なる連中がこの武術大会に紛れていることは把握しているが、彼らと連携をとっているわけではない。ミランダにできることは彼らの襲撃を予測しつつ、便乗できるかどうかを探ることだけなのだ。
そこまでの理解は共通したうえで、ミランダは周囲の三人に尋ねた。
「どうするべきだと思う?」
ミランダの問いかけにアルベルトは沈黙を守るだけだが、エルザとイライザは顔を見合わせ、それから答えた。
「恐れながらミランダ様。ある意味では予定通りではありませんか?」
「僭越ながら私もそう思います。我々の戦力を極力消耗しないという点を考えるのなら、言い方は悪いですが拳を奉じる一族なる者が全滅したとて、我々には何の損害もないでしょう。それからゆっくりと仕掛ければ十分なのでは」
「考えが甘い。拳を奉じる一族がティタニアを倒せばそれでいいでしょう。ですが、彼らが本気で暴れれば周囲の誰かが気付くことは明白。少なくとも拳を奉じる一族なる連中の戦いぶりを見る限り、高い確率でそうなることが予見されるわ。
それに対し、我々も無策でいるわけにはいかない。彼らが戦う場面では我々の封鎖が必要でしょう。つまり拳を奉じる一族が仕掛ける瞬間に、我々も動いていなければいけない。だけどそうなると、『知りませんでした』という言い訳はティタニアに通用しなくなる。最悪、ティタニアの矛先がそのままこちらに向く可能性があるわ。
それに天覧試合まで引っ張れば、彼女がさらに衆目にさらされることになる。諸国の使節団の目に止まれば、知名度は一気に広がるわ。そんな人物をアルネリアが裏で始末したとでも噂が流れてごらんなさい。我々の評判は一気に地に落ちることになる。
こうなると人が集まりすぎたことが裏目に出るわね。ティタニアの宿は把握しているけど、まさか大衆用の宿に普通に宿泊するとは。てっきり野宿すると思っていたのに、あてが外れたわ。
それにジェイクと一緒に訓練するとか、どれだけやりにくくさせてくれるのよ、もう!」
ミランダが頭をばりばりとかきながら、ヒステリックに怒鳴った。この仕草を見るに、そろそろ限界が近いとエルザは察していた。この上であの話題を切り出すのはエルザには憚られたのだが、そこに空気を読まないイライザが手を挙げている。
「いっそ、ジェイクに協力していただくというのは?」
「だめでしょうね。いかにアルネリアの任務といえども、ジェイクはアルネリアの暗部を知らない。自分が仲良くしている相手を始末するために協力しろと言えば、嫌とはいわなくても態度に出るわ。必ずティタニアに気付かれる」
「ではミランダ様の毒でジェイクだけを眠らせる、とか」
「それも考えたけど、ジェイクの特性がわからないから効果も不明よ。それに閉鎖空間じゃない場所に漂わせて効くほどの毒になると、副作用が強すぎるわ。ジェイクを不能にしてもいいなら使うけど、リサに知れたらどうなると思う?」
「あー・・・考えたくないですね」
その状況を考えると、イライザが蒼ざめた。イライザもリサの恐ろしさは知っているらしい。ある意味では、剣帝よりも敵に回したくない相手の一番手に上がるだろう。
だがそこでイライザは、ついにエルザが避けていた話題に言及した。
「ならばエルザ様に消耗させていただくしかないですね」
「は? どういうこと」
「ば、馬鹿っ! なんでそこで・・・あ」
エルザがイライザに肘をいれたが、既にミランダが引きつった笑いを見せていた。せっかく避けた話題だし、報告書もごまかしたのに、まさか最も身近な人間が裏切るとは思わなかった。
エルザは覚悟を決めた。今日この場で命運尽きたかもしれない。
「説明なさい、エルザ」
「実は・・・ティタニアの次の次くらいで私があたります」
「はぁ!? なんでそんなことに――ってか、あんたいつの間に出場したの?」
ミランダの疑問はもっともだった。実際にエルザも出場するつもりはなかったし、予選突破者に思ったよりも重傷者が多く、棄権が相次いだこと。諸国が申請した騎士にも出場を諸々の理由で取り下げた者が多く、彼らの補填をするためにアルネリアから出場者を多く出した。リリアムもそうだし、アリストやイライザも本来出場するつもりではなかったのだが、急遽埋め合わせたのめに出場している。
エルザも大会責任者として活動しているところ、女性出場者で突然の辞退者が出た。試合は次に迫っており、手近に女性がいなかったことから、とりあえずその場にあった仮面を手に取り、エルザが出場したのだ。そして2回勝ち、今に至る。
エルザとしては正直なところ、不戦勝にしてもよかった。だがミランダがかつて出場したことを羨ましく思い、また自分の力試しをしてみたいという気持ちもあり、つい魔がさしたように出場してしまった。勝利の時の興奮に酔いしれたとは、口が裂けても言えなかった。
エルザは正直にミランダに話した。嘘をつけるような相手ではないことは承知していたし、これで人生が終わったかもしれないと思えば何も怖くなかった。目の前には憤怒のミランダ。実力でそう劣るはずがないのだが、なぜかエルザはミランダに逆らう気がおきない。これはもって生まれた威厳のようなものなのだと理解していた。
そして話が終わると、ミランダはしばし沈黙を守った。その間がエルザには死刑宣告の前までのとてつもなく長い間に感じられた。そしてミランダが顔を上げると、ぼそりと何事かを呟いた。
「・・・あんたが出るならアタシも出たかったわよ、ちくしょう・・・」
「え、なんですか?」
「なんでもない! もういいわ、面倒だから不問にする。あんたを処罰しても、これから苦しくなるだけだし、とりあえずティタニアを少しでも苦戦させなさい。それでチャラよ」
「は、はい。ありがとうございます!」
「もう行って良し」
教師に怒られたあと許された生徒よろしく、エルザは表情を輝かせて出ていった。そしてアルベルトと二人になると、アルベルトがようやく口を開いたのである。
続く
次回投稿は、5/6(日)21:00です。