戦争と平和、その156~会議六日目、夜③~
パンドラが続ける。
「レメゲートがお前のところから去ったろう? その理由を聞きたいかい?」
「・・・対価は?」
「考え方が魔術士的だなぁ、お嬢ちゃん。まぁ要求するとしたら、しばらくあんたのところに置いてほしいってことくらいか」
パンドラの申し出にアルフィリースはしばい悩み、そして頷いた。
「いいわ」
「ほっ? 即答とはね」
「アルフィリース? いいのか、こいつは魔術協会の密偵かもしれないんだぞ?」
影の疑問にもアルフィリースは意見を曲げなかった。
「承知の上だけど、遺物が魔術協会の密偵だなんて考えにくいわ。そもそも、人間が遺物に命令できるものなのかしらね。持て余しているってのが正しいところなんじゃないの?」
「それはそうだが」
「いいねぇ、お嬢ちゃんの肝の据わり方。エーリュアレの嬢ちゃんも、あんたの半分でも肝が据わってりゃあな。今頃エーリュアレの嬢ちゃんは魔術協会の派閥争いに巻き込まれているだろうよ」
「どういうこと?」
パンドラは再度取り出した煙草をふかしながら続けた。
「先代の会長テトラスティンは、なんだかんだ上手かった。本人が魔術協会の運営に興味があまりなかったってのも大きかったろうが、権力を望む奴にはそれなりに報いていたし、人の欲を察して満たすのが上手いっていうかな。魔術協会じゃあどのみち優れた魔術士かどうかが重要で、分不相応な地位を望んだ奴は破滅するようにできている。結果、優れた魔術士が重要な地位を占めるようになった。
だが今の会長フーミルネは駄目だな。いや、駄目ってほどでもないんだが、本人に権利意識が強すぎる。征伐部隊を率いた時のような強権的なやり方じゃあ誰もついてこないってことを、まだよく理解できていない。フーミルネのやり方じゃ、いずれどこかの派閥に寝首をかかれるか、反乱を起こされるのが関の山だ。
今から考えりゃ、テトラスティンはわかっていたのかもな。フーミルネじゃあそう長くは魔術協会の会長が務まらないことを。奴にしてはあっさりと協会を去りすぎた。結果、俺の扱いはフーミルネに一任されることになったが、どうにも奴は俺を使い切らんらしい。イングヴィルがエーリュアレに託したのは、機を見て俺に逃げていいって合図だと理解したんだがな」
「・・・えーと、話の全容が見えないんだけど。つまり、あなたには何ができると?」
アルフィリースが挙手しながら聞いた。パンドラは煙草を消すと、彼にしてはきっと真面目な表情をして答えた。もちろん、箱に表情などあるわけもないのだが。
「俺もまだ全ての機能を思い出したわけじゃない。だがレメゲートがあれば、おそらくは強制的に開かれてしまう。
いいか、こいつは危険だ。何があるかもわからないのに、強制的に俺の機能が全部誰かの手に入る可能性がある。テトラスティンは俺を開けようと何度も試みたが、結局は開けない方がいいという結論にたどり着いた。イングヴィルも同じだった。だがフーミルネの馬鹿は違う。俺を開けてどうにかしようと考えてやがる。まだレメゲートの存在には気づいていないだろうが、だからこそ危険だ。どんな代替手段で俺を強制的に開けようとするわからん。
その時、俺がどんな反応をするかもな。俺を間違った手段で開けようものなら、それこそ災厄しか起こらん可能性が高い」
「まるで一度開けられたかのような口ぶりだな」
「・・・ある。俺も最近になって思い出したんだが、俺を開けようとした魔術士と、それを止めようとした魔術士がいた。結果として――」
そこで一瞬パンドラは言い澱んだが、握った手を上に向けて広げ、何が起こったか示した。
「国が一つ吹っ飛び、それでも焦げ跡一つない俺は魔術協会に封印された。千年近く前の話だ。俺は自分で自分が恐ろしいのさ。開け方も自分では知らない、俺の中にどのようなものが入っているかも正確に思い出せない。一つ間違えれば真竜や古代種も驚きの破壊力を秘めている。下手すりゃ大陸が吹き飛ぶのかもな。そんな俺が自身は大した自衛力も持たず、ここに存在しているという事実が恐ろしい。
ってなわけで、正しく俺を所持してくれる相手を絶賛捜索中だ。守ってくれりゃあより良いし、美人ならなおさら歓迎だ。よろしく頼むぜ、黒髪の女剣士さんよ」
パンドラの説明にアルフィリースと影は顔を見合わせた。何も言わなくても互いに何を考えているかはわかる。なんとも厄介な災厄の元を抱え込んだと思ったのだ。
続く
次回投稿は、5/2(水)21:00です。