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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その154~会議六日目、夜①~

「私の用事はさっさと終わったの。こっちはとんだ紛い物をつかまされたわ。一族に迎え入れる価値もなかったから、潰してきちゃった」

「潰した? 鍛えればものになったかもしれないのに」

「貴女の様に? 貴女は例外だわ。血が薄くとも戦闘経験で補っているけど、それでも血の力は感じさせるだけの何かが必要よ。私の対象人物にそれはなかったもの。

 こちらはどうかしら?」

「さぁ、まだわかりません。ただこちらは戦姫の娘とのこと。先祖返りと違って、役立たずということはないでしょう」


 ヴァトルカが無表情で返した。彼女たちの周りには出店の酒場で賑わうならず者が大勢いる。もはや夜も更けたというのに、彼らの騒ぎは終わる気配がない。今日の競技を肴に、終わることなく盛り上がっているのだ。

 彼らを眺めながらヴァトルカはちびちびとやっていたが、ジェミャカは店員を呼び止めると大杯の酒と肉を山盛り頼んでいた。見た目が少女にしか見えないジェミャカに怪訝そうな顔をしながらも、店員は頼まれたものを持ってくる。

 串に刺された肉を前に、ジェミャカがかぶりついて酒を一気に飲み干した。


「まぁ役立たずなら潰すだけよね。もうあんまり時間もないし、時間がくれば戦士を揃える役も終わり。何人集まったのかしら?」

「聞いた限りだと、外部からは100名もいないはず。そして目覚めた純系の戦士は10名と少し。他の姉さまたちはまだ目覚めてないのでしょう?」

「チャスカ姉さまが来るわよ」

「!?」


 ジェミャカが一本目の串の肉を噛みちぎると同時に呟いた言葉に、ヴァトルカの空気が緊張感を増した。そのヴァトルカを見ながら、得意気にジェミャカが汚れた口回りを拭いている。


「そう緊張しなくても、誰もあなたが失敗するとは思っていないわよ。単純に目覚めたばかりだから、性能試験かたならしをしたいってだけらしいわ」

「ですがチャスカ姉さまが本気で暴れたら――」

「こんな都市、あっという間になくなっちゃうでしょうね。都市の中に古い幻獣と古竜がいるようだけど、チャスカ姉さまの前では無力よ。かつて戦姫とその座を争った姉さまだもの。私たちとはなにもかもが桁違いだわ。

 まぁなくなっちゃうかもしれない都市と人々だけど、それまではせめて愛でてあげましょう」

「いつ姉さまは来るですって?」

「ゆっくり来るって言ってたから、7日くらい後かしらね? まぁそれまでは私もこの祭りを楽しむわ。ってか、チャスカ姉さまが来る前に私たちも逃げないと危ないし。

 ところでこの肉と酒、中々上等ね! 店員さん、おかわり!」


 ジェミャカが大皿で肉を追加し、代わりの酒を一息に飲み干した。ジェミャカの飲みっぷりに周りの男たちが盛り上がり、ついには飲み比べまで始めていた。自らの小さい身長を補うかのような底の厚い靴を履き、大の男たちと乾杯しながら飲み比べるジェミャカは一見愛らしくも映るが、その性格は一族の中で最も無邪気で残酷なのだ。ちょっとしたことで機嫌が損なわれれば、この場の全員が血祭りにあげられるだろう。

 一族の中でいち早く目覚めた自分たちの戦いの中、仕留めた死骸の山の上で酒をあおるジェミャカを何度見たことか。ヴァトルカは、せめて自分がルナティカと戦うまでジェミャカには大人しくしておいてほしいものだと思い、こっそりとおいしい肉と酒を出す店を探しておくかと決意したのである。


***


 アルフィリースはイェーガー内の会議を終えると、エクラが淹れてくれた茶を前に、一人考え事をしていた。今日の会議には大きな動きはなく、互いを牽制しあうような内容だった。半日程度ではどの国も意見をまとめ切らなかったのか、動きの乏しい一日となったのだ。いくら金銭的な負担をシェーンセレノが請け負うといえど、急に派兵の数まで決定できるはずもない。そこまでの決定権を各使節団が有しているとは限らない。

 だからといって全く出兵しないのでは、著しく協力体制に欠けることになる。各国の使節としては口ごもりながら出兵の約束をしどろもどろと約束するだけで、何とも歯切れの悪い一日となってしまった

 会議終了後はどの国も表の会議よりも裏工作に必死のようで、シェーンセレノの部屋を訪れる姿が多数見られた。会議の中心はいまやシェーンセレノであることは間違いなく、ここでシェーンセレノが余程下手な手を打たないかぎり、会議の主導権は彼女が持ち続けるだろう。

 アルフィリースは武術大会で戦いながらも、その流れに対して無策でいたわけではない。今回の一連の動きを遊戯盤に例えるなら、会議そのものが盤面の全てではないと考えている。会議以外の場面で何をするか、あるいは統一武術大会も盤面の一端を担っていると考えている。最悪、会議という局面を全てシェーンセレノにくれてやることになっても、アルフィリースはもっと大局を見ようとしていた。


「(まぁ、会議でのシェーンセレノの優位は動かないでしょう。レイファンとミューゼ殿下がこのまま終わらせないとは思うけど、問題は戦争が始まった後よね。

 それに統一武術大会も、誰が優勝するかで流れが変わりそうね。イェーガーから優勝者が出るかどうかはさておき、傭兵団としては天覧試合に果たして何名残れるか、が気になるところだわ。そういう意味では、女子部門もベスト8以上では天覧試合になるらしいし、どちらかに集中する必要があるかもしれない。

 あとはまだどちらともつかない有効な戦力を、どうこちら側に取り込むか、ね。イェーガーに勧誘したい戦力も含めて、ここからが勝負。さて――)」

「そろそろ入ってきてもいいわよ」


 アルフィリースが茶を飲み干すと、窓がキィと少し開き、パンドラが顔を出した。背中には蝙蝠が複数。どうやら三階のこの部屋まで持ち上げてもらったようだ。

 パンドラは中に入ると、蝙蝠に手を振って別れを告げている。どうやっているかはしれないが、これも一種の使役なのかもしれない。アルフィリースは人間じみた遺物を不思議な目で見つめていた。



続く

次回投稿は、4/28(土)21:00です。

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