戦争と平和、その153~邂逅③~
――項垂れる銀の髪の女たち――祈る老婆共――居並ぶ女戦士――崇められる戦姫――髪の長さが強さを表す――欠けた満月――水の棺桶に沈む戦姫――目覚めた時が終わりの始まり――
「(その時が来たら迎えに行きます、我が娘よ)」
ルナティカの意識がふっと戻る。いつの間に倒れていたのか、目の前には自分を抱えるレイヤーの顔があった。だがそれよりも気になるのは――
「・・・母様?」
「ルナ、大丈夫? 母様って何か思い出したの?」
ルナティカは無言でレイヤーを押しのけ、なんとか起き上がろうとした。
「・・・あまり大丈夫じゃない。今、膨大な映像が頭の中に流れてきた。少し整理する」
ルナティカはひどい頭痛を覚えていたが、先程流れてきた映像を整理せざるをえなかった。自分の出生もそうだが、とても大切なことを思い出した気がする。自分と、そのこれからと、そして仲間に関わる大事なこと。
思い出しながら、ルナティカは段々と青ざめてきた。
「・・・大変。星読みの学者のところに行かなければ」
「どうしたの?」
「次に白い月が欠ける時、銀の一族の戦姫が目覚める。目覚めたら終わり、人間の戦士じゃだれも勝てない」
「ちょっと待って、話が見えない。何のことを言っているの?」
レイヤーはまだルナティカが混乱していると思っていたが、どうやらルナティカは大真面目のようだ。よろめく体に鞭打つと、部屋を出ていこうとする。
「血の宿命からは逃れられない。こんなことをしている場合じゃない」
「待った!」
ルナティカをレイヤーが手を広げて制した。今のルナティカにはレイヤーを押しのけるほどの力がない。
「どいて、レイヤー」
「いいや、どかないね。僕が言うのもなんだけど、僕達に関わることなら全員の力で解決すべきだ。この傭兵団には頼りになる戦士や魔女が沢山いる。彼らの力を集めればなんとかなるはずだ」
「そういう問題じゃない! 銀の一族は、余計な地上の存在を抹消するために作られた兵器。大戦期、どうして人間たちが滅亡寸前から勝てたと思う? 銀の一族が裏で増えすぎた魔物を抹殺していったからに他ならない。
今度は人間の番。増えすぎた人間は消去される」
「なんだって?」
レイヤーが思わずルナティカを放した。その隙にルナティカはするりと抜け出る。
「オーランゼブルどころじゃない。私は私にできることをやらないと」
「一つ聞かせて。ルナもその銀の一族なの?」
レイヤーの問いにルナティカは口ごもった。少し間を置いてルナティカが答える。
「・・・そうだと思う。いいえ、きっとそう」
その時ルナティカは肝心なことを言わなかった。銀の一族の戦士の頂点、それが自分の母ではないかという疑問。そして、自分のことを『銀の継承者』と呼んだ者がいた。その言葉が真実を裏付けているのではないかと。
だが同時に自分のことを知っている者がいる。そのことも含めて、すぐにでも動きたかったのだが、次のレイヤーの言葉がルナティカを止めた。
「だったら、僕たちの敵になるの?」
「それは――わからない。今の私は正気。でも予感がある。戦姫が目覚めると、私の意識が持っていかれる可能性がある。自分の意志とは関係なく、向こうに味方するのかも」
「それも対策があるかもしれない。もし自動的にそうなるのなら、わざわざ迎えが来たりはしないだろうし」
「迎え?」
「ああ。あと二回勝てば当たるって、そのネックレスを渡しに来た女が言っていた。髪の色は黒の短髪だったけど、染めているんだろ。彼女が銀の一族じゃないのかな」
ルナティカはもう一族の手が伸びてきていることに呆然とし、しばし動けないでいた。この後どうするのが正解なのか、判断しかねていたのである。
***
「ヴァトルカ、首尾は?」
「ジェミャカ、どうしてここに? 別の用事があったでしょう」
短髪の髪の女――レイヤーにネックレスを渡したヴァトルカと呼ばれる女の前に、一人の少女が近寄って来た。同じく黒く染めてはいるが、髪は肩口よりもやや長く、見た目はエルシアよりもさらに小さい少女のようである。
その背中には不釣り合いな棍棒を背負っていた。柄の部分が長く、先端の金属球は人の頭ほどもある。もし振り回せれば人の頭くらいは軽々と砕くだろう。ジェミャカと呼ばれた少女はにこにこと笑いながら、周囲の様子をゆっくりと見渡していた。
続く
次回投稿は、4/26(木)21:00です。