戦争と平和、その152~邂逅②~
「レイヤー? どうしたの?」
「う、いや。なんでもない」
「凄い汗よ? 激戦だったみたいね」
エルシアの心配そうな口調に自分を取り戻したレイヤーは、あわててその場を取り繕った。どうやらエルシアはさきほどいた女性には気づいていないようだ。
レイヤーは一つ深呼吸すると、エルシアに先ほどの戦いの感想を話した。
「運がよかったよ。ああでもしないと勝てなかった」
「ふーん? なんだか観客は卑怯だなんだと騒いでいたけど、何したの?」
「え? 見てなかったの?」
むしろ意外なエルシアの行動に、レイヤーの方が驚いた。エルシアはややきまり悪そうにだが、いつも通り腕を組んでやや偉そうにふんぞり返る。
「ふん、私も試合があったのよ! 女子の本戦一回戦がね」
「あ、そっか。予選を勝ち抜けたんだったね」
「何よ、ちゃんと言ったのに忘れて・・・そりゃあそっちも試合だったからしょうがないかもしれないけど」
エルシアの最後の言葉はぼそぼそと呟いただけだったので、レイヤーに届くことはなかった。
レイヤーはそんなエルシアの心中には気づかず、聞かれたことに答えていた。
「簡単に言えば、建材で足場を奪って、最後は油で転ばせた、かな?」
「何それ? 卑怯なことをしたの?」
「規則の範囲内だよ。実力で勝てるわけないだろ? 相手の一撃が当たっただけで、負けるどころか死んじゃうよ」
「相変わらず意気地がないわね。まぁレイヤーらしいのかもしれないけど」
エルシアは呆れたように笑ったが、レイヤーは先ほどの女性のことが気になっていて、正直エルシアと会話をゆっくりしている気分にはなれなかった。それに相手が近くにいるとしたら、こうしてエルシアと話しているだけでも何らかの迷惑がかかるかもしれない。
それに、相手はルナティカが目的だとはっきり言った。ならばこうしている間にもルナティカに危機が迫っているかもしれない。これはルナティカだけでなく、アルフィリースにも早めに報告すべき案件だとレイヤーは考えた。
レイヤーはポケットにしまい込んだ首飾りを握ると、その部屋を後にすべく動いた。
「エルシア、御免。ちょっと急ぐから詳しい話は後でね」
「ちょっと、どこに行くのよ!?」
「ルナティカのところ。急ぎなんだ!」
それだけ言うとさっさと出ていったレイヤーを呆然と見送るエルシア。自分の試合の結果くらい聞いてくれればいいのにと思ったのだが。
「何よ・・・私の相手も強かったのよ? B級の傭兵にぎりぎり勝ったのに、褒めてくれてもいいじゃない・・・」
エルシアは一人拗ねるように口をとがらせて呟いていた。
***
「ルナティカ、いる?」
レイヤーが急ぎ足でイェーガーの会議室に入ってくる。レイファンの護衛は夜間も行うが、そちらは主に魔女や魔術士を向かわせている。それ以外の面子は統一武術大会などもあるため、アルフィリースやルナティカは必ず一度引き上げ体調をととのえることとしていた。また、レイファンのいないところで話す機会を持ちたいという意味もある。
今ならアルフィリースもルナティカもいるはずだと考え、レイヤーは慌てて戻ってきたのだ。その通り、その場にはイェーガーの幹部が揃っていた。その面子の多さを見て、思わず身を固めたレイヤー。慌てるあまり、室内の気配を予め探るのを忘れていたのだ。
だが逆にその様子を見て、レイヤーの用事は急ぐのだとルナティカは気付いた。
「レイヤー、今は会議の最中」
「あ、ごめんなさい・・・」
「アルフィ、ちょっと外していい?」
「いいわよ」
レイヤーの様子を見てアルフィリースも察したようだ。ルナティカの素早い行動は、レイヤーの今日の戦いぶりを褒めようとした何人かの団員の行動を制した。
そして二人はあっという間に部屋を離れ、ルナティカの私室へと移動していた。
「ここなら誰にも聞かれない。急ぎ?」
「うん、これ」
レイヤーは先ほどの女性から渡された首飾りをルナティカに見せた。だがルナティカはそれを見ても首を傾げた。
「? それが何?」
「渡すように頼まれた」
「誰に?」
「試合の後に控室にいた女の人。ルナティカの姉だと言っていた」
レイヤーの言葉にルナティカはますます怪訝そうな表情をした。
「私に姉はいない」
「そう聞いている。生き別れとか?」
「だとしても、私のことをどこで知ると――」
そういいながらルナティカがレイヤーの手の中にある首飾りを手にした時、ルナティカの中に濁流のようにイメージが流れ込んできた。
続く
次回投稿は、4/24(火)21:00です。




