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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その150~統一武術大会二回戦、レイヤーvsゼホ④~

「攻撃しないのか?」

公平フェアじゃないでしょ?」

「ふん、騎士道精神とか言い出さないだろうな?」

「騎士には憧れているけど」


 ゼホがレイヤーの挙動に警戒しつつも、片手で次の大槍を引き寄せる。その際手ごたえがおかしかったので、思わずレイヤーから目を離して自分の手元を見た。いつの間にか自分の武器が、レイヤーの持ってきた巨大な斧槍と縄でつながっている。それどころか、ゼホが引き寄せた途端、レイヤーの武器がぐらりと傾いてきたのだ。


「うおっ、いつの間に括りつけて――」


 思わずゼホは巨大な斧槍を受け止めようとする。巨人が持ち歩ける重さなら、受け止められるはずだと考えたのだ。だがその瞬間、レイヤーが剣を抜いたのが視界の端に映った。


「(この瞬間を狙っていたのか! 斧槍は最初から罠として使うつもりだったな?)」


 ゼホは槍をとることを諦め、その横にあった予備の大剣を手にする。あまり得意武器ではないが、槍や斧に慣れられた時のために持ち込んだものだ。レイヤーを迎撃するべく剣を構えたが、ゼホを嘲笑うかのようにレイヤーが投げつけてきたのは、巨大な斧槍の横に設置していた予備の袋だった。

 これを反射的に大剣で叩き落としたゼホは、袋から舞った粉塵に視界を塞がれ、むせこんでしまう。このままでは巨大な斧槍の下敷きになることを恐れたゼホは、とりあえず身をよじって後ろに飛んだ。


「げほっ、げほっ。煙幕、だと?」


 その瞬間、視界のきかないゼホの体に衝撃が走った。レイヤーが脛と背中に攻撃を見舞ったのだ。風船は割れ、レイヤーが点数で有利になる。だがゼホが視界を確保する前に、レイヤーの巨大な槍が競技場に落ちて割れた。中からは大量の液体が漏れ、競技場の半分以上の面積にぶちまけられていた。

 ぬるりとしたゲル状の液体に、ゼホが顔をしかめる。


「なんだこれは?」

「罠だよ」

「反則じゃないのか?」

「確認したって言ったでしょ? 武器の中に液体を入れてはいけないなんて規則、どこにもないんだよ」


 レイヤーが初めて剣を構えた。正統派の騎士剣ともいえる、正眼の構え。これだけの仕掛けをしながら、構えそのものは澱みなく、迷いもない。

 ゼホはようやくきき始めた視界で、レイヤーの姿をなんとかとらえる。足元はレイヤーの武器からこぼれた液体で濡れているが、とりあえず有毒などではなさそうだ。さすがに競技委員が毒物は許可しなかったと考えたが、足元を確認する限りぬるりとしてやや滑ることは間違いない。臭いからは油ではなさそうだが――


「(なんだこの液体は? だが足元が不安定になるなら、俺の大きな武器は触れないと考えたか? だが俺の腕力なら下半身を使わずとも武器は振れる。少々の足場の悪さなどものともしないんだがな)」


 ゼホがゆっくりと大剣を上段に構えた。ようやく視界も戻って来ており、少しずつ余裕も出てきた。レイヤーの奇抜な発想には正直驚いていたが、だがそれだけだ。実力では伍するはずもないと考えた瞬間、レイヤーが今度は自分から動いた。

 ゼホも迎撃すべく動くが、がくりとなって膝から崩れた。足が地面に張り付いたように動かないのだ。みれば足元の液体が色を変えて固まっている。しかも自分の周囲だけ。

 あっ、と思った時には遅かった。レイヤーがゼホの風船を全て叩き割っていた。


「建材って、自分で触ったことある? 中には液体と混ぜると固まる粉とかあるんだよね。便利だと思わない? 僕たちの傭兵団は戦い以外の仕事もたくさん受けるし、必要とあればこういう素材も開発している人たちがいるんだよね」

「お前、まともに戦う気はないのか!?」

「ないよ。勝つために全力を尽くすっていうのは、準備も含めてのことだ。武器を持たずに戦場に出てくる奴は間抜けよばわりされるのに、どうして相手が戦場に出てくるまでに落とし穴を掘ろうとしないんだろうね。僕にはそれが不思議でならない」

「戦いにも道義があるだろう!」

「負けた奴の言い訳だね。戦場で落とし穴に落ちた奴にどれだけ罵られようが、痛くもかゆくもない。どうせ数瞬後には死んで埋まっているのだから」


 レイヤーの言葉にゼホがキレた。足を無理矢理引き抜き、大剣を構えて飛び込んできた。凄まじい速度だが、レイヤーはその剣を冷静に見ていた。今まで一度の打ち合おうとはしなかったレイヤーだが、初めて剣を合わせにいった。

 ゼホはそのままレイヤーの剣ごと頭を叩き割らん勢いで剣を振るったが、レイヤーの剣が当たった瞬間、予想よりはるかに重い手ごたえを感じた。


「(こいつ、俺と同じかそれ以上の腕力だってのか?)」


 そう感じた刹那、手ごたえが全くなくなりゼホは前のめりに転がった。空に伸ばした腕がレイヤーを掴みかけたが、その腕がずるりと滑る。レイヤーの肌にはうっすらと油の光沢が見えていた。

 そして転げた体勢を取り戻そうとゼホが踏ん張ると、今度は足元が滑った。ここにはまだ液体は流れてきていないはずと思い足元を見ると、足元にはレイヤーが脱ぎ捨てたローブがある。

 ゼホは思いきり滑って宙に浮きあがり、そこにレイヤーが突撃してくるのが見えて、思わずつぶやいていた。


「ははっ、ローブにもしこたま油を染みこませていたのか。なんだ、お前本気で勝ちに来ているんじゃないかよ」


 ゼホの体幹に強烈な一撃をレイヤーが撃ち込んだ。ゼホは大剣を足場にして場外を防ぐこともできないではなかったが、大人しく場外を受け入れた。この試合に懸ける本気度が違うと考え、敗北を受け入れたのだ。



続く

次回投稿は、4/20(金)21:00です。

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