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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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魔王の工房、その16~決意~

「・・・まあいい、多少喋りすぎたようだ。私はこれから奴らを追うが、かなり命がけの行動になるだろう。だから私が死んだ時は、貴様が大司教だ」

「そんな! 突然そんなことを言われても・・・」

「有無は言わさん、既にミリアザールとの間でも話は付いていることだ。もちろん私の直接の部下ともな。私に万一の事があれば、私が作り上げた組織は貴様が全て継ぐのだ」


 呆然としているエルザが、自信なさげに呟いた。


「・・・私ごときに務まるのでしょうか?」

「務まるかどうかではない、務めるのだ。それに私と同じことをする必要はない。貴様が先ほどと同じ場面に以後遭遇したとして、任務を優先するか助けるのかどうかは貴様の判断次第なのだ。ただ上に立つ者はその判断次第でどういった状況を呼びこむのか、結果を予測しその責任を負わねばならん。それだけは忘れるな」

「わかりました」


 エルザの目に力が戻る。その目に満足したのか、ミナールが小さく頷いた。


「それでいい。心配せずともそう簡単にやられる私ではない。まだ教会のためにやらねばならんことは腐るほどあるからな」

「何の見返りもなく、ですか?」


 エルザの心配そうな問いかけにミナールも少し言葉に詰まる。


「見返りか。見返りは求めるものではない。それはマナディルやドライドもまた同じことだ。彼らは自然と名声や尊敬を集めたが、彼らが望んだものではない。もっともそういったものは私には必要ないから、極力集まらないようにしただけのこと。名声など付属品と考えているその点で我ら三人の大司教は共通しているし、互いに尊敬もある。それに見返りはあるのさ、ちゃんとな」

「?」


 エルザはミナールが何を言っているのかわからなかったが、ミナールもまた答えることはなかった。


「それよりだ、貴様に伝えることがある。私が潜入していて気づいたことと、先ほどやつらにこっそり使い魔をつけていて聞いた話だがな」

「使い魔?」

「私の使い魔は小さいからな、奴らにすら気取られん。奴らの名前がわかったぞ。耳を貸せ」


 この場には既にイライザしかおらず――いや、実は『犬』もいたのだが、彼は少し離れた場所に待機していた――にも関わらずミナールはエルザに耳打ちをした。彼が潜入先で得た情報はミナールですら困惑する様なものだったのだ。敵の名前と、ミナールが潜入先で得たその内容を聞いて、思わず仰天するエルザ。


「ええ!?」

「声が大きいぞ」

「す、すみません」

「心配せずとも私もまた困惑している。だがこれが事実だ」

「この情報が真実なら・・・中原は滅びますよ」

「既に手遅れかも知れん、火の手は上がっているのだからな。だがその判断をするのは私達ではなく最高教主であり、各国の王達だ。私達がしてもしょうのない心配ではある」

「それはそうですが」

「それよりも、しかとこの情報をミリアザールに伝えろ。心配せずとも奴なら良い手を打てるさ。それに奴らの名前。アノーマリー、サイレンス、ティタニア。ティタニアは伝説上の人物のようだが、ミリアザールなら同時期に活動していただろう。何か知っているかもしれん。対策を聞いておけ。では私はもう行く」

「確かにお伝えいたします。大司教もご武運を」

「うむ」


 その言葉を残し去ろうとするミナール。だがその足をピタリと止めると、振り返ることなく言葉をつないだ。


「見返りの話だがな」

「は?」

「深緑宮で取れる葉で淹れる紅茶はなかなかいい。今度付き合え」

「・・・それはデートのお誘いでしょうか?」


 エルザはさっきの仕返しとばかりに意地の悪い質問をした。だが返ってきた答えはさらに意地が悪かった。


「そう取ってもらって構わん」

「はあっ?」

「ではな」


 それきり姿を消したミナール。一度彼が姿を消してしまえば気配すら察知はできない。だからこそ先ほどあの3人にも気付かれなかったのだから。

 残されたエルザは呆然とするばかりである。


「・・・だったら顔くらい見せなさいよ、まったく。それとも、思ったより照れ屋なのかしら?」


 答える声はない。冗談なのかとも一瞬思ったエルザだが、真実誘いだとしても不思議とそう悪い気はしなかった。年の頃は親子程も差があったが、エルザは元々そういったことを気にする性格ではない。

 そしてエルザも気を取り直してイライザの方を振り返ったが、既に彼女は立ちあがり、残った荷物からあり合わせの布を使い、大切な部分が隠れるようにはしていた。もう震えは止まっていた。


「イライザ、平気・・・ではないわよね」

「いえ、エルザ様。私は既に正気です。先ほどは戦闘中だというのに、取り乱して申し訳ありませんでした。もっとも恐怖が収まったというより、恐怖が限界を通り越したという情けない状態ですが」


 自嘲気味に笑うイライザ。その顔は寂しげで、洞穴に入る前は決してこんな顔をしなかった。短期間でなんて表情をするようになったのだとエルザは悲しく思ったが、既に起きたことは変えられない。


「怖がることは恥ではないわ。まして私達は女なのだから」

「そう、でしょうか?」

「そうよ。怖さを知らない勇気は蛮勇としか言わない。本当の勇気とはそのようなものではないわ」

「私にはまだ勇気のなんたるかもわかりませんが、一つだけわかったことが」

「なにかしら」


 エルザが心配そうに問いかける。ここで剣を捨てても仕方の無いくらいの体験を、既にイライザはしている。エルザもまたこれからの話が無ければそうしたいくらいだった。あの連中に再び向かっていくなど、考えるだけでもぞっとしない。自分がやらなくても誰かがやってくれる、エルザですらそう思いたかった。だがイライザの答えは違った。


「私の実力がどうであるとか、今ここで死んだ者達の仇打ち以上に、あの連中を放っておくことはできません。奴らはこの世に害悪しかなさないでしょう。私は騎士としてではなく、この大地に生きる者として、奴らを何としても仕留めなければ。そのためならば私の恐怖など、些細な問題でしかありません」

「・・・奇遇ね。私もそう思っていた所よ」


 エルザの考えもまたイライザと同じだった。自分がアルネリア教会の人間であるとかそういったことは除いても、なんとしてもあの連中は倒さなければいけないと思っていた。

 奴らの目。完全にまっとうな人間のものではなかったのだ。彼らの目に含まれる感情はそれぞれだろう。スラムで幼少期を過ごしたエルザは人の生の感情、しかも負の感情には非常に敏感だった。ティタニアは妄執、サイレンスは憎悪、そしてアノーマリーがもっとも難しかったが狂気、といったところだろうか。

 アノーマリーは戦争という言葉を用いたが、戦争に限らず争いごとに善悪はないとエルザは考えている。それぞれが善でもあり、悪でもある。どちらも完全には正しくないことを考えれば、戦争など起きないにこしたことはない。だからこそ、戦争の仲裁を買って出るアルネリア教会と言う組織が彼女は気に入っている。だがあのような連中がいかに大層なお題目を抱えていたとして、彼らがまっとうな方向に他人を導けるとは思えなかった。実力行使で彼らを止めようとする自分もまた矛盾を抱えているとは知りながらも、少なくともアノーマリーだけはなんとしても仕留めなければならないと、エルザは覚悟を固めていた。

 思考がまとまるとエルザは顔を上げ、イライザをまっすぐ見据える。イライザもまたその視線に応えた。


「わかったわ、イライザ。貴方を私専属の騎士にするよう上層部に申請します。異論はある?」

「いえ、私からもぜひお願いしたいと考えていました。どうぞこの命、武器としてお使いくださいませ」

「私は汚いことを平気でするときもあるわ。貴女に耐えられるかしら?」

「努力します。奴らを討ち取るためならば」

「ならば私の背中はあなたに預けます。なんとしても奴らを討ち取るわよ」

「はい!」


 そしてエルザとイライザはその場を後にすることにした。本当は仲間を弔いたかったが、もはやその時間すら今は惜しい。遺体を並べ最低限の覆いだけかぶせると、後のことは近隣のアルネリア教会に任せることにし、彼女達はその場を去った。

 一路アルネリアへ――増援の部隊が連れてきていた飛竜にまたがり、エルザとイライザは空を駆ける。ミリアザールなら何とかしてくれる。少なくとも今の彼女達はそう考えていた。



続く

次回投稿は3/27(日)12:00です。


次回から新しいシリーズです。よろしければ評価・感想などお願いいたします。

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