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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1609/2685

戦争と平和、その147~統一武術大会二回戦、レイヤーvsゼホ①~

***


「なんでぇ、さっきの戦いとえれぇ対照的だったな、あの獣人」

「ああ、ちっとも面白くねぇ。獣人のくせに真っ向から戦えってんだ」


 観客たちは文句を口々にしながらその場を後にする者がいた。獣将チェリオと、拳を奉じる一族のガークとの戦い。ガークは人間でありながら、巨人にも近しい体躯を誇る巨漢だった。鎧のような筋肉を見て、チェリオはまず膝への執拗な蹴りを放つ。

 一撃離脱のその攻め方は効果がないわけではなかったが、ガークはびくともしない。チェリオの速度についていけないと判断したのか、ガークはウルスと同じく待ちの先方に徹した。焦れたチェリオが強引に風船を割りに来るのを待ったのである。

 これでは時間内に決め手にならないとチェリオは踏んだか、懐から木製のつぶてを取り出した。もちろん事前に許可を得た武器であり、それらをガークに投げつけることで風船を全て割り、あとは逃げの一手で判定勝ちとなった。

 獣人らしからぬ小手先を使った決着に、観客からは罵声すらとんだ。その中でチェリオは顔色を変えることなく、投げつけられたゴミすら叩き落とし、その場を悠然と去った。チェリオは何もガークを弄んだのではなく、正面から破り難しと判断し、策を用いたのだ。正面衝突したウルスとリュンカの後の試合ゆえ、非難されたのは不幸だったとしか言いようがない。


「勝たないと、何も言う権利はないですから」


 チェリオがロッハとリュンカに残した言葉がこうだった。


 そして二回戦がこの後も消化されていった。イェーガーからはライン、ウィクトリエ、ロゼッタ、エアリアル、ヴェン、ルナティカ、エメラルド、ヤオ、セイト、ダロン、ドロシー、アルフィリースが勝ち抜けていた。一回戦を勝ち抜けた面々は全て順調である。

 他にもティタニア、バスケス、ルイ、レクサス、メルクリード、ティーロッサ、ウルス、ベルゲイ、タウルス、バネッサ、シャイア、ロッハ、チェリオ、ディオーレ、レーベンスタインなどの高名な戦士は問題なく勝ち上がっている。

 その中で最も苦戦したのがエアリアル。相手はアレクサンドリアの騎士だったが、エアリアルが苦戦するほどの腕前とは思えなかった。エアリアルには珍しく、心ここにあらずといった戦いぶりだったのだ。リサはエアリアルの戦い方を心配し、理由を問いただしたが、「なんでもない」と一蹴されてしまった。何でもなくはないだろうが、理由を言わない以上リサにもどうしようもなかった。

 その中で一番の注目株となったのが、レイヤーの一戦だった。夜の最後の一戦になったレイヤーの試合には、多くの仲間がかけつけたのだ。相手のことももう知られている。ミュラーの鉄鋼兵、4番隊隊長ゼホである。小柄な体格に似合わぬ膂力。戦場でも名前の知られた傭兵と聞き、多くの観衆が詰めかけていた。

 多くの観衆はレイヤーの応援に回る。ゼホに殺されないようにと声援を送るのは、イェーガーの面子もそうだった。多くの仲間はレイヤーの強さを知らず、どうしてこの場に立っているのかすらもわかっていないのだ。偶然に偶然が重なり、せめて大怪我をしないように茶化しながら応援をしている。

 その様子を心配そうに見守るのはラインとアルフィリース。ルナティカからの報告もあるが、2人はレイヤーの実力を知っている。ラインが会場責任者の一人であるゆえに、2人は使用されていない貴賓席を占拠して戦いぶりを観戦するつもりだった。その下でイェーガーの仲間たちは声援を送っていた。


「・・・レイヤーのやつ、どうするかな」

「さぁ? 今度は誤魔化しがきく相手じゃなさそうだけど。今のあの子、どのくらい強いのかしらね」

「俺も知らんよ。あいつ、俺相手に本気を出したことはないからな」

「多分、私くらいには強い」


 背後にルナティカが立っていた。ルナティカの気配がないのはいつものことだが、何度声をかけられても慣れるものではない。ルナティカもレイファンの護衛を交代の時間となり、解放されたようだ。

 アルフィリースがルナティカに質問した。


「最近、レイヤーの訓練はしていないの?」

「間諜としての訓練は続けている。暗殺術も教えている。だけどレイヤーの本分はそこじゃない。彼は剣をとっての正々堂々の戦いがもっとも得意」

「つまり、殺しが得意じゃないってこと?」

「得意の定義にもよるけど、レイヤーが本気で暗殺者になろうと思ったら超一流になる。だけど伝説になるほどじゃない。そういうこと。

 だけど剣をとって正面から一対一で戦ったら、どこまで強くなるのか想像できない。教えていて、最近そう思う」


 ルナティカにしては饒舌だったが、同じ印象をラインもアルフィリースも抱いている。だからこそアルフィリースはレイヤーが剣をとり、ルナティカに師事するのを止めなかった。アルフィリースはレイヤーが剣をとるというのなら邪魔をするつもりはなかったし、最初から普通の少年とは違うということはなんとなく気付いていた。

 レイヤーの周りでは、精霊たちが普段より静かなのだ。まるで、話しかけると斬られてしまうことを恐れるのかの様に、精霊が遠巻きにレイヤーを見ている印象を受けていた。はっきりと聞こえるわけではなく、そういう印象を受けるというだけの話ではある。もしレイヤーが成長して凄まじく強くなるなら、イェーガーにとってこれほど望ましいことはないと思っていた。

 ラインもまた別のことを考えていた。レイヤーは学ぶ時と戦う時に別の顔を出す種類の人間だと。自分も少なからずそうだからわかるのだが、レイヤーはおそらく何かを懸けて戦う時が最も強い。今は自分の命くらいしか懸けるものがないのだろうが、やがてレイヤーが何かを欲し、そのために戦うようになれば恐ろしいほど強くなる可能性を秘めていた。

 それでも自分の実力を知られることが嫌なので、レイヤーは実力を隠していると考えていた。彼は平穏を望んでいるだけでなく、ラインとアルフィリースの見立てでは、ゲイルとエルシアに遠慮しているからではないかと。剣に生きようとする二人に対し、剣のことに本気でなかったレイヤーが圧倒的に強いことが知れたらどう思うか。レイヤーは、親友二人の生きる意味を奪うことをもっとも恐れているのではなかろうかと想像していたのだ。



続く

次回投稿は、4/14(土)22:00です。連日投稿になります。

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