戦争と平和、その140~統一武術大会二回戦、姉妹たちの戦い④~
「そう驚かないでくださいまし。お姉さまもちょっと起きただけで、まだ完全に覚醒はしていませんわ。ですが珍しく自分から起きて、私たちに伝言を託しましたの。
『北から大量のご馳走の匂いがする。脅威に感じるのなら、私たちが手伝ってもいい。その気があるのなら、妹たちを使うといいでしょう』
だ、そうですわ。しばし共闘関係となりそうですわね」
リアシェッドがにこりと微笑んだが、その伝言にミリアザールは唸った。北のごちそうとはおそらく、竜の巣にいる大量の魔物のことだろう。確かに魔物すら食料とするスピアーズの四姉妹からすれば、強力であるほどにご馳走となる。
不死身の兵士であるリアシェッド、セローグレイス、ハムネットの三人を手駒として運用できれば、こちらの被害を減らし相手は確実に叩ける。だがこの三人がどの程度命令に従うのかと、彼女たちが倒した分がキュベェスの覚醒に使われてしまうことは容易に想像できる。
最悪の想定としては、北に遠征舞台を送っている間にキュベェスが完全に覚醒し、作戦途中に離反されるのが最も怖い。むしろその機を見極めるために、妹を遣わせたのではないかとミリアザールは考えた。
だがここで四姉妹の申し出を断れば、確実に彼女たちは敵に回る。それがわかっているからリアシェッドは微笑んでいるし、セローグレイスはにやにやし、ハムネットは忍び笑いを漏らしているのだ。
ミリアザールは歯痒い思いを悟られないように、静かに言葉を返した。
「――申し出はわかった。共闘関係を結ぶのにはやぶさかではないが、どのように運用するかまではまだ決められん。詳細は追って連絡しよう」
「構わねーぜ? だが俺らとの連絡手段と、滞在場所くらいは用意してほしいもんだなぁ?」
「よかろう。だがタダ飯ぐらいを置くつもりはない、働いてはもらうぞ? それに貴様らの食費は尋常ではないからな」
「それ、はもちろん。それに、こころよ、く受けてくれたお礼、に情報を提供。僕の対戦相手、把握してる?」
「いや?」
ミリアザールがミランダのことを見ると、ミランダが難しそうな顔をした。
「バウンサーのバネッサでしょう? 本戦に出てきた戦士は全て出自を洗い出すように指示しているわ。ただ、バネッサに関してはギルドに情報があるのだけど、何もおかしなところはない。山間部の寒村の出身で、成人を待たずしてギルドに登録。依頼を受けながら、地道にランクを上げてきたB級の傭兵よ。
ほとんど魔物討伐などの依頼は受けていないけど、依頼で下手をうった経歴もない。手堅い傭兵として評価されているけど、それ以上に人気者ね。酒場で働く関係上、歌や踊りも得意。民衆や傭兵仲間には熱狂的な支持者もいる。浮いた噂はないようだけど、旅は好きなそうね」
「嘘こけ。あの化け物がそんなわけねーだろ。戦いをちゃんと見たか?」
「いえ、アタシは見ていないわ」
「一度きちんと見ることをお勧めしますわ。我々が本来の武器を使えばそうそう負けはしないと思いますが、苦戦は必至でしょうね。それほどの相手だと思いますわ」
リアシェッドの感想に、ミランダとミリアザールは目を合わせて驚いていた。
そんな会話が交わされているころ、件のバネッサは自分の付き人と宿に引き返していた。宿に引き返す際にも、彼女に声をかける男たちは多かった。そんな連中にもバネッサは笑顔で握手に応じたり、多少の会話をしながら愛想よく引き返していた。
そしてアルネリア内にある宿に入ると、バネッサたちは一番奥の離れの部屋に入っていった。ここは要人などが警護しやすいように作られた場所であるが、変な虫が寄りつかないようにとバネッサ本人がお願いして特別に確保してもらったのである。部屋は中でつながっているが、付き人や護衛とは別の場所で寝れるようにとの配慮もある。
そこでバネッサは上等のソファーにどっかと腰を下ろすと、目の前にある酒を煽った。他人の前では上品に振る舞うバネッサだが、酒場で働く以上酒の飲み比べなどにも応じることはある。バネッサ自身が酒も好きであるため苦にはしないが、やはり仕事終わりに呑む酒は格別だった。
「ふぅー、緊張の後の一杯はうまいわ。あなたもやる、のっぺらぼう?」
「いや、俺はいい。下戸だからな」
「へぇ、意外な弱点」
バネッサがちゃぷちゃぷと酒瓶を揺らす。フードをとって体面に座ったアルマスの2番、のっぺらぼうを見て、バネッサは素直な感想を述べた。
「良い顔ねぇ。創りものとは思えないわ」
「そりゃそういう特技だからな。3番の能力ほどじゃねぇが、ある程度までは骨格も変えれる。美男に作っておけば、得をすることも多いからよ」
「あんたの元の顔を知らなけりゃ、夢のひと時を過ごせるでしょうね」
「それは言いっこなしだ。だが3番がいなくなったのはちょいと意外だったな。割といい女だったのに残念だ」
バネッサが少し寂しそうな顔をした。酒をグラスに三つ分注ぐと、グラスを合わせて一人で乾杯した。
「なんのつもりだい?」
「死者を弔う酒くらい自由でしょうよ。アルマスは3番以上の意味が全く違う。互いのことを知るのは3番以上だけだし、そういう意味では彼女は私にとっても良き友人だったわ」
「あんたにそんな感情があったとは驚きだ。アルマス1番の姉さんよ」
「感情がない殺し屋なんて、三流よ。人と同じように悲しみ、笑い、そして殺す。それができて初めて一流だわ。少なくとも3番以上はきちんと人間をしているじゃない。能力が人外じみていてもね。そうでしょう? ウィスパー」
「お前がそう考えるのなら、それが一流の定義だろうさ」
窓からするりと猫が入って来た。ウィスパーの使い魔である黒猫だ。
続く
次回投稿は、3/31(土)22:00です。夜投稿に戻します。