戦争と平和、その139~統一武術大会二回戦、姉妹たちの戦い③~
革靴の踵を高らかに鳴らしながら、大股でずんずんとハムネットに近づく。堂々とした歩きぶりだが、戦いの中では迂闊な行為でしかない。
すかさずハムネットが三つ目の武器を振り回す。縄付きの鉄球、もとい木球。相手に絡ませれば一気に風船を全て割ることも可能だ。だがバネッサは上手く腕に木球を絡みつかせると、軽く引っ張った。
軽く引っ張っただけのはずなのに、ハムネットの体が前にふわりと飛ぶ。一瞬の出来事過ぎて、ハムネットには縄を放す暇すらなかった。そして宙に浮いたまま足を手で払われ、そのまま後方に飛んでいくハムネット。
ハムネットは宙を舞いながら反撃を試みようとした。だが空中でその身を固めると、そのまま何をするでもなく場外となった。審判が両手を上げて試合終了を宣言する。
「ハムネット選手の場外! バネッサ選手の勝利です!」
観客が盛大な歓声を上げた。バネッサはその歓声に応えるようにスカートの裾をつまみ、丁寧にお辞儀をしてみせた。そして満面の笑顔で両手を振るあたり、愛想も実力も兼ね備えている。そして流血なく済んだ試合運びも優雅だった。
そのまま勝利者へのインタビューが始まる会場。ハムネットはそれらの光景を背に、無言でその場を後にしていた。その隣に寄り添うように、セローグレイスとリアシェッドが近づく。
「ハムネットよぉ、なんで最後反撃しなかった? いや、できなかったのか?」
「あんなの、無理。僕の、いや、今の僕たち、の手に余る。もし反撃、していたら立って、こうやって引き返せなかった」
「まだ我々も本領発揮できないとはいえ、以前よりも力は戻ってきています。それでもハムネットが一撃入れることをためらうほどとは、あの人間はいったい・・・」
リアシェッドが考え込んだが、その肩をセローグレイスが叩いた。
「あんまり悩むな、リアシェッド。今回の俺たちの目的は勝ち残ることじゃねぇ。これだけ暴れりゃ、おそらくは向こうも気付いただろ?」
「そう。別に無理して勝たなく、てもいい」
「ち、こんなところでセローが冷静なのが癇に障りますね。ですが確かにその通り。そして目的の相手が釣れたようです」
控室を出てからわざと人気の少ない場所を歩く三人だが、いつの間にかその傍には別の人間が並行して歩き、道を外れないように囲まれて移動させられていた。歩き方からも、相当の手練れであることは三姉妹も気付いている。
もちろんこの三姉妹なら暴れることもできるだろうが、そこは大人しく誘導されるままに歩いていた。そして彼女たちが連れていかれたのは、闘技場内にあるアルネリア関係者の控室。
そこに険しい顔をして座っていたのは、ミランダとミリアザール。三姉妹を連れてきた騎士が黙礼して下がると、三姉妹は彼女たちの姿を見て少し驚いたように目を見開いた。
「はっ、大物がいきなり出てきたじゃねぇの。それよりおめーはちっこくなったんじゃねぇの、ミリアザールよぉ」
「やかましいわ、貴様らこそ背が縮んでおろうが」
「るせぇ、前の戦いでさんざこっちを消耗させたのを忘れたとはいわさねーぞ? 乙女の顔面をぼっこぼこにしやがって」
「かっ、どの面下げて乙女じゃと? ワシよりババアじゃろうが」
「んだとぉ?」
「およしなさい、セロー」
リアシェッドが呆れたようにセローグレイスを止めた。この二人は出会った時からこんな関係だったと、今更ながらに思い出す。最初から互いに気に食わなかったが、なんだかんだ、数百年にわたる付き合いとなった。今では互いのことを呼び捨てにできる相手もいなくなって久しい。愛憎極まれり、とまではいかないが、それなりに愛着のある相手同士となった。突然胸倉をつかみあわないだけ、互いに大人になったかもしれない。いや、見た目は子どもどうしだが。
いつまでもにらみ合うミリアザールとセローグレイスを見て、まるで喧嘩友達のようだなどとくだらないことを考えながら、リアシェッドはミリアザールに質問を続けた。
「私たちを拘束して軽口を叩くような時間があるとは驚きです。大陸平和会議とやらはどうしたのですか?」
「席を外さざるをえまいが、この阿保めらが。何の前触れもなくのこのこと都市部にやってきよってからに。協定違反は承知の上じゃろうな?」
にらみつけるミリアザールに、セローグレイスがおどけてみせた。
「そうはいってもよ、こっちもこっちで急いでたんだよ。最近お前たちがアルネリアの警備を強化したせいで、こっちの使い魔も満足に届きゃしない。俺らにまさか人間世界の郵送機関を使えってことか?」
「残念ながら、人の世の共通言語は話すことはできても、書くことになると少々難がありますわね。それに人間の作り上げたシステムなどを使うのは、私たちのとっては屈辱の極みですわ」
「結論、ここで暴れるの、が一番早いと判断した。結果は最上」
三姉妹の話に、ミリアザールはふぅっと一つためいきをついた。
「子どもの駄々でもあるまいに。ならば会議を荒らしに来たというわけではないわけか」
「当然だろ。なんで俺らが人間の祭りを荒らさなきゃならねぇんだ。こう見えても忙しいんだよ」
「用事があったのはアルネリアの上位の人ですわ。『お姉さま』からの伝言を預かっていますの」
「キュベェスからの?」
今度はミリアザールが目を見開いた。スピアーズの四姉妹の長女が自ら伝言を寄越すのは滅多にないことだ。それに、既に覚醒しているとは監視からは連絡を受けていない。監視の仕事の怠慢ぶりも気になったが、長女が眠りから起きる周期にはもう少し余裕があると思っていたミリアザールであった。
そんなミリアザールの心情を察したか、リアシェッドが説明した。
続く
次回投稿は、3/29(木)7:00となります