戦争と平和、その138~統一武術大会二回戦、姉妹たちの戦い②~
「? なぜ見逃したの?」
「いえ、忠告を真摯に受け取ろうかと思いまして」
「どういうこと?」
ティタニアはそう告げると、剣を予備の武器に変えた。短剣の、しかも二刀流。何の冗談かとリアシェッドは訝しんだが、短剣を扱うその姿があまりに馴染んでいた。ティタニアが短剣を手の中で回転させる姿を見て、ぞわりと悪寒が走るリアシェッド。
「あなた・・・剣帝なんじゃないの?」
「それは勝手に周囲が付けた渾名であって、私自身は武器を選びません。ですが確かに鈍っているとは思います。ですので――」
ティタニアが短剣を構えて、やや腰を落とす。
「少々勘を取り戻すために、付き合っていただけませんか?」
「このっ・・・舐めないでいただけるかしら!?」
再度動いたリアシェッドと、打ち合うティタニア。この二人の戦いは時間いっぱい近くまで続いたが、リアシェッドはじわじわと追い詰められ、敗北することになる。一見して熱戦だったが、二人の間に大きな隔たりがあったことを理解した者も少なからずいた。
そして試合が終わった後、屈辱に顔を歪めながら引き上げるリアシェッド。控室に戻ると、素肌が露出した艶姿ながら、しばしうつむいて静止している彼女に話しかける者は誰もいなかった。もっとも彼女から立ち上がる、試合の時以上の殺気を感じれば誰もが素通りするのも当然といえた。
そんな彼女の背中を遠慮なく叩く者がいた。姉妹であるセローグレイスである。
「よぅ、リアシェッド。とんだ恥をかいたな?」
「セローグレイス・・・今日ばかりは反論の余地はありませんわ。どうぞ存分になじってくださいませ」
「な、なんだよ。調子狂うな。まぁ俺も負けちまったから、あんまりおまえのことを責める気にもならないんだけどさ」
ツインテールを揺らしながら、ばりばりと頭をかきむしるセローグレイス。しおらしくしていれば美少女で通るだろうに、その所作が全てを台無しにする。
リアシェッドはきょとんとすると、セローグレイスのことをまじまじと見た。
「あなたが負けた? どうやって?」
「木の鍋蓋じゃあ、さすがに意味ねぇってことよ。ムカついたから途中から素手にしたんだが、さすがに相手が巨人じゃ分が悪かったわ。名前なんて言ったかな・・・ああ、ダロンとか言ったな」
「あなたが素手で、たかが巨人に負けたと?」
それこそありえないという風に、リアシェッドが声を荒げた。だがセローグレイスは気まずそうにリアシェッドの頭を抱え込んでひそひそ話を始めた。
「そりゃあ人間の範囲を出ないように、ある程度力加減はしたぜ? 大会をぶちこわすことになってもまずいだろ。
だがそれを差し引いても、格闘術であちらに分があった。巨人が格闘術を使うのは反則だな。面喰って投げ飛ばされて終わっちまった。だがまぁ俺好みのイケメンだったからよしとしよう。気に入ったんで、ついキスしちまった」
「ぶふぅ」
思いがけないセローグレイスの告白に、リアシェッドが噴き出した。その後の顛末は恐ろしくて聞けなかったが、幸いにしてセローグレイスの方から話題を切り替えてくれた。
「ハムネットの会場どこだよ? 応援に行こうぜ」
「確か、隣の会場でしたね」
リアシェッドは敗戦の気分を引き摺っていたが、セローグレイスの思いがけぬ告白で多少気分がマシになり、ハムネットの応援に向かった。だがそこで彼女たちが見たものは――
「どうなってる?」
「ハムネットが・・・押されてますね」
ハムネットは主に投擲武器を使う。今回はブーメランと棒状の投擲武器を使用していたが、ゆうに八本以上のブーメランを同時に扱うハムネットに、普通の対戦相手は回避が追いつかない。
だがハムネットの対戦相手は、ハムネットのブーメランを全て受け止め、なおかつ投擲武器は全てスカートの裾で叩き落とすという鮮やかな戦い方で優位に立っていた。まだどちらの風船も割れていないが、会場はハムネットの対戦相手を皆応援しているようだった。
「いいぞー! バネッサー!」
「それでこそ看板娘だ!」
「はぁい、皆楽しんでるぅ?」
バネッサと呼ばれた女は、観客席に手を振る余裕すらあった。見た目はただの酒場の女。ゆったりとした長いスカートに、丈の長い胸元の開いたブラウス。髪は緩やかにウェーブがかかる肩ほどの長い栗毛を揺らして声援に応えている。
見た目の上では、どうみても戦士には見えない。セローグレイスは隣にいた男に思わず聞いていた。
「よう、おっさん。あの女、誰だ?」
「俺も知らなかったんだが、街道沿いのどっかの街では有名な酒場の女らしいぞ? なんでも酒場用心棒のバネッサといえば、それなりに名前の通った戦士らしい。
もっともギルドでもたまに活動するらしいから、傭兵たちも知ってるんだろうけどな。酒場のいざこざは、全てバネッサにお任せって言ってたぜ」
「バウンサーのバネッサ・・・」
そんな女がハムネットを手玉にとれるはずがない。ギルドの傭兵ならA級だとしても、ハムネットを手玉にとれる人間はまずいないだろう。せいぜいハムネットがまだ本気ではないのだろうとセローグレイスは考えたが、リアシェッドの顔が曇っていた。
「ハムネット・・・すでに本気だわ」
「じゃあ、マジで戦ってんのか?」
「おそらくは。なら、少なくとも一発は当たっていないとおかしい。それすらもないということは、既に能力を見切られているということ。何者でしょうか、あの女」
二人がそう話し合う最中、バネッサがついに攻めに転じた。
続く
次回投稿は、3/27(火)7:00です。