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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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魔王の工房、その15~工作~

***


 こちらは残されたエルザとイライザである。アノーマリー達の気配が完全になくなるまで、その場で放心状態で小さくなっていた2人だが、エルザがやおら立ち上がると小さく、しかしはっきりした声で何も無いはずの空間に向かって声を発する。


「ミナール様、おられるのでしょう?」


 その声に応じるかのように、何も無い空間から溶け出すように小柄な男が姿を現した。エルザが予想した通り、アルネリア教の三大司教の1人ミナールがそこにいた。アルネリア教の白いフードではなく、旅人が良く使う茶色の地味なフードに身を包んではいるが、紛れもなく本人だった。

 うっそうとした様子で姿を現した彼に対し、アノーマリーに向けたのと同等の憎々しげな目線を向けるエルザ。


「満足ですかミナール様。ご命令通り、連れ去られたシスターの一部を、イライザに握らせました」

「よくやった。一部始終を見ていたが、奴らには気取られなかったようだな。シスターの一部に触れさせるとは上手いものだ」


 先ほどエルザがイライザの元に駆け寄る直前、エルザの袖を何も無いはずの場所から掴む者がいた。エルザはその奇怪な現象にぎょっとしたが、手に何かさらさらとした粉の様なものがまぶされ、耳元で声がしたのだ。


「どこでもいい。奴らの一部にこの手で触れろ」


 その声の主に心当たりのあったエルザは、イライザを助けに行くのと同時にその命令を実行した。アノーマリー達に直接触れるのが難しいと感じたエルザは、イライザを抱きかかえながら彼女の手を握り、そっと耳打ちをしたのだ。結局のところエルザは直接アノーマリーに触れることができたものの、イライザがシスターに触れたのを不審には思われなかっただろう。イライザの手があの場面で伸びたのは命令ではなく純粋に正義感からだったのかもしれないが、結果的にはどちらでもいい。少なくともミナールにとっては。

 だが反射的に命令を実行したものの、仲間を助けようともしなかったミナールに、エルザのはらわたは煮え返っている。今にもミナールに飛びつかんばかりの表情だ。


「いつから私達を監視していたので?」

「思いのほか私の任務が早く終わってな。まだ犬がこの辺をうろうろしていたのを使い魔が見つけたので、様子見に来たのだ。まあこの場面に当たったのは偶然だが、幸いだったな」

「幸い? この場面のどこが幸いだ!?」


 エルザが周囲一帯の血の海を指す。怒り心頭のエルザは既に敬語も使っていないが、ミナールもまた気にする様子はない。


「一部始終を見てたんだろ? アンタは助けようとは思わなかったのか?」

「思わんな。思ってもどのみち無理だ。私は戦闘が得意ではないし、貴様もまた実力不足だ。私にだけ責任を押し付けるのはどうかと思うが」

「アンタ、大司教だろ? 直接の部下ではないとはいえ、自分と同じ教会の者が殺されて何とも思わないのか!?」

「思わん」


 即答するミナールに、エルザが体の疲れも忘れて飛びかかった。顔は怒りのあまり真っ赤になっている。


「てめぇっ!」

「しょうのない奴だ」


 エルザがミナールの胸倉をつかみ上げようとするのと同時に、ミナールの拳が彼女の腹にめり込む。嗚咽と共にその場にうずくまるエルザ。


「もっと冷静になれ。そもそもこの場にこいつらはいないはずだった。だが貴様の判断は間違いではない。情報の伝達を優先するなら、この増援は呼んでしかるべきだった。あの小僧か老人かわからぬ男、アノーマリーとか名乗ったか? が予想以上だっただけのこと。貴様の失態ではない」

「だがっ!」

「これも奴の言ったことだが、戦場では弱いものが死ぬのは当然の慣わし。敗者は勝者に何をされても文句を言えぬが戦場の常だ。これは人間同士の戦でも起きることだ。

 貴様も運が良かったのだろう。わかるか? 貴様は情けをかけられたのだ。力が足らないからこういうことになる」

「ぐ、うう・・・」


 エルザの目に悔し涙が再び浮かぶ。ミナールの前であれ、その涙が止まることはない。その様子を見てミナールが表情を変えることはなかったが、彼がぽつりぽつりと言葉を漏らす。


「だが生きていること自体が最も重要だ。生きていれば反撃の機会もあるだろう。こちらを完全にあなどっているからこそ、隙もできようというもの。心配せずともこの代償はきっちり奴らには払ってもらう」

「・・・どうなさるおつもりで?」


 泣いたことで少し感情を晴らしたエルザが問いかける。


「私が直接奴らを追う」

「は? しかし大司教の業務は・・・」

「構わん、こちらの方が重要だ。それに食堂で一人飯を食べていても、誰も気がつかないほど陰の薄い大司教だぞ、私は。教会で事務処理をするより、こういう任務が合っているのだよ。もっとも、目立つマナディルやドライドでは潜入など無理だからな。貴様くらいだ、私をきちんと大司教と認識したのは」

「それは貴方が声をかけてきたから」


 エルザが巡礼の任務に就いた時、誰もいない廊下で声をかけてきたのが目の前にいるミナールだった。最初はなんて冴えない男というのがエルザの印象で、あまりに聖職者らしからぬその外見からただの不審者扱いしたものだ。大司教と知ってからは態度を改めたが、ミナールが自分の身分を明かさないものだから出会ってからしばらくは敬語もなく、ただただ普通に会話をしていた。

 他の巡礼の者に聞いてもミナールと会話したことのある者はほとんどおらず、姿すら知らない者が多かった。驚くことに、それは本部勤めの神殿騎士でも同じだったのだ。さすがに本部勤めの者はミナールの姿こそ知っていたが、会話をしたことがあるものはほとんどいなかった。事務的な話は別にしてのことだが。なにせミナールの大司教補佐の姿ですら、見たことがある者がほとんどいないのだから。

 なぜエルザは自分にミナールが声をかけてくるのか不思議に思っていたが、うっそうとした外見ではあるものの噂で聞くほど感じの悪い男ではなく、むしろアルネリア教に入ってから一番の切れ者であることはすぐにわかった。その知識、発想、仕事ぶり。エルザは密かに尊敬もしていたのだが、目の前で仲間を見捨てるような事をされるのはやはりショックだった。目の前の男ならそうするであろうことも想像し、自分もまたその可能性を考えていたにしろ、である。

 だがミナールがつなげる言葉は、さらにエルザの予想を裏切っていた。


「当然だ、私の後釜は貴様だからな」

「は?」


 完全に予想外な言葉に完全にエルザは面喰う。さぞ呆けた顔をしていたのか、ミナールが少し苦笑した。


「そんな顔をするな。まさか私が貴様に惚れているとでも思っていたか?」

「な、何を・・・」

「冗談だ」


 またしてもエルザは呆気にとられた。ミナールがこのような冗談を言うとは。見た目よりは冗談が好きな男だとは知っていたが。


「私の代わりができそうな人材はそう教会内にいない。何せ真面目が服を着て歩いている様な連中ばかりだ。だが、組織はそれだけでは立ち行かない。貴様ならわかるな?」

「それは確かに」

「組織には裏の仕事ができる人間が必要だ。私や、貴様の様にな。先ほども貴様は、こいつらを、あるいはイライザすら犠牲にして自分が助かる選択肢も考えたはずだ。違うか?」

「・・・おっしゃるとおりです」


 エルザが苦虫をかみつぶしたような顔をした。だがここにおいてミナールは少し表情を崩した。


「それでいい。実際に行うかどうかは別にして、そういった考えをする人間がこの組織には重要なのだ。私がミリアザールに仕える理由はそれだ。あの女狐めはただ聖女然とするだけでなく、必要があれば冷徹な判断も下せる。だが集団の長が自ら悪事に手を染めるのはよくない。だからこそ私が必要なのだ。奴は私の価値もわかっているし、その点が気に入っている。もっともさらに良いのは・・・」


 そこまで言ってミナールは言葉を切った。ミナールが本当にミリアザールを気に入っているのは、ミリアザールが冷徹な判断を下しつつも、芯は情がこの上なく深いことである。その彼女が冷徹な判断を下すのは、身をちぎるような思いなのだろう。昔、ミナールが右に出る者なしと自認している姿を消す魔術でミリアザールをこっそり観察している時、執務室や私室で一人頭を抱えるミリアザールを何度も見た。だからこそ彼は身命を賭してミリアザールに仕えている。その苦しみを一部でも自分が肩代わりできればと。

 表出する方法は違えど、彼もまたミリアザールに忠誠を誓っているのは、マナディルやドライドと変わらない。あるいは、忠誠心でいえば彼ら以上かもしれない。ミリアザールがミナールにその場で首を斬れと言えば、必要だとミナールが判断できた段階で、彼はなんの躊躇もなく自分で自分の首を落とす覚悟でいた。それがミナールにとっての忠誠であり、何の実績も後ろ盾もなかった孤児出身の男を大司教まで取りたててくれた、ミリアザールへの恩返しである。



続く


 さて、もうすぐ新シリーズに入ることもあり、今日から一週間、毎日投稿いたします。

 次回投稿は3/26(土)12:00です。


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