戦争と平和、その137~統一武術大会二回戦、姉妹たちの戦い①~
「よしっ、決めた。オラは浄儀の旦那につくことにするぜ」
「おおっ! ではさっそく主に伝えまする。きっとお喜びになるでしょう」
「そんならええんだがね。だが一つ聞いておきたい。オラは単独の戦いはまだしも、親父と違って軍略や戦術っつーのは苦手だ。それでもいいのかってことと、オラの手に余りそうな連中の始末をどうするのかを聞いておきたい」
「藤太殿のお手に余るというと?」
「深緑宮の奥にいる連中と、一部の参加者だよ」
藤太は「気づいているくせに」といった顔で猿丸を睨んだが、猿丸はあくまで平静に応対した。
「深緑宮の深くにいるとてつもない獣たちは、多分戦う気がない。そっちは放っておいていいんじゃないかぃ。だが猿丸も気付いてないのか?」
「何をでしょう」
「この会場――化け物の巣窟になっているぜ。剣帝とやらも大概の化け物だが、俺の見立てじゃ同じくらいの化け物があと二人いた。そいつらがいる限り、この会議は一筋縄じゃいかない気がしてならんがな。
浄儀殿も大胆な行動は控えて、まずは大人しくしておくことを勧めるがなぁ」
「主にはしかと伝えましょう。で、その二人の人相とは?」
猿丸が詳しく問いただそうとしたが、藤太は空を見上げて流れる雲を見た。ふわふわと浮かぶ浮雲のような人生を望んでいた藤太だが、どうやら嵐を避けては生きていけないことに気付き、それも人生かと笑っていた。
***
場所は戻って、統一武術大会二回戦。
本戦とはいえ、何会場にも分けて行われる試合を全て網羅することは主催者でも不可能だ。だがどんな時代にもありえることだが、統一武術大会を欠かさず観戦する連中というものがいる。
毎回の平和会議で開催される統一武術大会を観戦できるとなると、それなりに資金力のある貴族か商人に限られるのだが、中には数少ないながらも自由民も混じっていた。一等の席では観戦できないが、これと決めた試合では無料の席ですら確保するために前日の夜から陣取る徹底ぶりである。
そんな彼らは、既に何名かの戦士に注目していた。ここまでシードに有力な戦士が集まる大会も少ないが、予選上がりの無名の選手にも相当に強力な戦士がいることを発見するのも、彼らにとっては醍醐味の一つ。
彼らが注目するその一人は、ティタニア。そして本日、そのティタニアの相手もまた、密かに注目される相手だった。わずかな者にとっては当然のごとく、そして大多数とティタニアにとっては意外なことに、試合は激戦を極めていた。
「む?」
「あらあら、ティタニアさん。ちょっと鈍ってるのではないのかしら?」
ティタニアの相手は女性、というにはやや幼い雰囲気の残る少女だった。両手には肉切り包丁を模した木製の武器。ひらりと曲芸師のように素早く動くその少女は、最初の交戦でティタニアの風船を3つ割っていた。
わずか3呼吸ほどの出来事だったろうか。あまりの速度にほとんどの観客の目がついていかず、一旦二人が離れたところで観客の大歓声が上がった。この二人の戦いが、滅多に見ることのできない次元の戦いであることに気付いたのだ。
少女はティタニアを見て得意気ににやりとしたが、ティタニアはふぅ、と一つ息を吐いただけだ。
「なるほど、少し鈍っているようです。最初の打ち合いで仕留められなかったですから」
「はぁい? どういうことかしら?」
「えー、ティタニアは残り7個、そっちのお嬢ちゃんは残り5個ー」
やる気のない声は、審判であるブランディオのものである。その声に抗議しようとした少女の風船が5個同時に爆ぜた。その結果に驚き、そして頭に血を昇らせる少女。
「わ、わた、私の・・・」
「ほぅ、誇りに傷がついたかな?」
「私のドレスになんてことを!」
戦いの場にドレスを着てくるのもどうかと思うが、少女はドレス姿だった。ただし丈は短く、背中はほとんど露出している。娼婦が着るようなドレスではあったが、ティタニアの攻撃で一部が破け、それ以上に破けた風船の色水でドレスが台無しになったのである。
少女は風船が割られたことよりも、ドレスが汚れたことに怒っているようだった。
「お姉さまとのつながり――お姉さまが私のためにしつらえてくださったドレス――ああ、お姉さまに怒られる。どうしましょう、どうしましょう――」
「む、様子が」
「あー、こりゃやばいやつだな。ちょっと離れるときましょ」
ブランディオがひょいと競技場から降りて、段差の中に身を隠した。審判としての任務放棄ともとられかねない行為だったが、怒鳴る本部を無視してブランディオは頭だけを出して試合の様子を見守った。
「なんやったかな、あの子の名前――確かリアシェッドやったか? 記憶が正しけりゃ、スピアーズの四姉妹の一人やったな。なんでこの大会に出ているやろか。しかし、大魔王の眷属を参加させてしまうあたり、さすがに懐が深いっていうか、大会警備と確認がザルすぎへんか」
「どうしましょう、どうしましょう――どうしてくれるのよぉお!?」
リアシェッドの絶叫と共に、突然彼女の嵐のような攻撃が始まった。先ほどとは比較にならぬほどの手数と移動速度に、ほとんどの者がリアシェッドの姿すら見失った。
ティタニアですら表情が変わり、彼女にしては実に久しぶりに守備の構えをとった。だがリアシェッドの猛攻をしのぐ中、冷静に剣を宙に置いて足を払う当り、ティタニアには余裕がある。
そして宙を舞うリアシェッドは、その姿をじろりと睨むティタニアと目があった。確実にやられる間合いにリアシェッドは覚悟をしたが、ティタニアからは何の攻撃もなく、リアシェッドは無事に地面に着地していた。
続く
次回投稿は、3/25(日)7:00です。