戦争と平和、その135~統一武術大会、弓技部門⑧~
「――え?」
エアリアルが気付くと、トウタの矢は的を完全に破壊していた。射抜くのではなく、粉々に破壊したのである。だがそれよりも、エアリアルはトウタの矢を見失ったことが一番信じられなかった。
エアリアルは、トウタの欠点は集中力が『過ぎる』ことだと考えてた。高まりすぎた集中力は相手にまで届いてしまうことがある。だが今のトウタの一矢は、完全に気配がなかった。もし気配すらも自由自在に消せるとしたら――エアリアルはトウタの弓の技術の完成度が恐ろしくなった。この射手に狙われたら、果たして対抗策が取れるだろうかと恐怖した。
そしてトウタの演武ともいえる弓が終わると、会場は大歓声に包まれた。観衆はただ、これ以上ない絶技に見惚れ、惜しみない賛辞を送った。だが最後の一矢に違和感を覚えた審判は矢の元にかけより、矢を確認した。そしてトウタの元に戻り、何事をかを確認するとトウタは観衆に応えながら控室の方に戻っていく。
他の競技者は顔を見合わせた。事前の説明では、このまま表彰式に移るはずだ。一度控室に戻るとは聞いていないが、審判がやってきて一度控室に戻るように促した。言われた通り控室に戻ったエアリアル達だが、その場にはもうトウタの姿はなかったのだ。
「審判、何があった? トウタ殿はどこだ?」
エアリアルは審判に質問し、審判もまたそれに答えた。
「トウタ殿は失格です。ゆえにこの場にはおりません」
「失格?」
「はい、競技規定以外の矢を使用しました。これです」
審判が出したのは、木製ではない素材の矢だった。その素材は不明だが、獣の骨で作ったものにも見える。硬度やしなり具合も、木とは比較にならないほど高度なものだった。
「木製の矢といえど、殺傷能力はあります。それを考慮して競技会場を準備しているのです。仮に誤射があったとして、観客に被害が出ないように。
ですがこの矢は射程距離を超えて危険となる可能性があります。ゆえにトウタ殿は失格なのです」
「わからんな。なぜこんなものを持っていたのだ?」
シャーギンの質問にも審判は答えた。
「なんでも『破魔矢』と呼ぶと言っていました。弓矢を引く時には必ず一本仕込んでおく、お守りみたいなものだと。競技に集中するあまり、その矢以外の全てを打ち尽くしたが、演武と考えると最後の一矢を撃たずに終わるということは考えられなかった。失格は覚悟のうえだったと。
その答えに偽りなしと考え、トウタ殿に配慮して一度皆様も控室に戻っていただきました。その場で失格を宣告するのは冷や水をかけるようなものなので」
「なるほど。ではトウタ殿は」
「はい、既に会場を去った後だと思います」
審判の答えに、エアリアルは控室の外に出てトウタの姿を確認しようとしたが、当然のごとくその姿は既になく、ついにこの後エアリアルはトウタの姿を見ることはなかったのである。
その後トウタをは急用にて表彰式を欠席ということになり、ミランダが残りに五人に祝福を賞を授けた。今年の弓部門の栄冠はエアリアルに輝いたが、誰もがトウタがふさわしいことをわかっていた。
そしてフェンナは、ミランダと今後のシーカーの処遇について相談したいと話すことに成功し、弓技部門は一応の終わりを告げていた。
その様子を別の会場の屋根から見下ろす者がいた。トウタ本人である。その目にはどこか寂しそうな、感慨深そうで愛おしい者をみるような温かい光があった。その傍にすっと近づく者がいた。
「こちらにいらしたか、トウタ殿」
「ああ、猿丸か」
浄儀白楽の傍仕えである猿丸がトウタの背後に近づいていた。その態度は恭しく、片膝をついて敬意を示している。
「この度はわざわざの出征、かたじけない」
「なんのなんの、こちらこそ浄儀殿には申し訳ないことをしたと思っている。浄儀殿が真に必要としていたのは親父だったのだろうが、親父は既に亡く、祖父は病の床で海を渡るのは到底無理だ。それゆえにこの不肖の息子が来ざるをえなかった。
今しがたも、熱中するあまりに矢の残り本数を間違える始末。まだまだ修行が足らぬよ」
「ご謙遜めさるな。その父殿、祖父殿が吉備津一族最高の射手と認めたのはあなたと聞きました。そのお力をどうか我々に貸していただきたいのです」
吉備津一族――歴代討魔協会に頼ることなく、単独で鬼を狩り続ける武の一族。鬼の一族を複数滅亡させたことのある、東の大陸での最強の戦闘集団の一つ。トウタ――吉備津藤太はその一族の現首領だった。
軍神にも例えられた父――吉備津義直をもって、最高の戦士と言わしめたのが藤太である。だが本人には一族を率いて何をどうこうする欲はなく、成人してからは自堕落に暮らしていたのだが。
続く
次回投稿は、3/21(水)7:00です。