戦争と平和、その134~統一武術大会、弓技部門⑦~
「いやぁ、見事なもんだ! これだけ緊張する場面でその集中力とは恐れ入った! エアリアルさん、だったか? あんた本当に大草原の管理人なのか? 人間がいても気にならないのかぃ?」
「大草原に人がいないわけじゃない。確かに競技会のようなものはないが、負けられない戦いには違いないと考えただけだ」
「なるほど、こりゃあ真剣さが足りなかったか。心構えがなっていなかったのはオラの方だな」
トウタはぱん、と膝を打つとその場に立った。そして一際大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出す。息の長さは肺の強さそのものだが、海の民と見まがうくらいの呼吸の深さだった。
一呼吸でトウタの雰囲気が変わる。柔和な空気は消え失せ、きりきりとした緊張感がその場の全員の肌を刺した。
トウタがゆっくりと顔を上げた。
「お詫びと言っちゃなんだが、オラの本気をお見せしようかぃ。全力は人前じゃあ見せないことにしているんだが、ここまで見事な射手が集まったってのに、オラだけ本気じゃありませんでした、なんてことになったらこの先弓を引く資格をなくしちまいそうだ」
「・・・妙に義理堅いのだな」
「ちゃらんぽらんなオラだが、弓にだけは嘘をついたことはないよ。それにこれは祭りだ。負けが決まったからって、そのまま競技を終わらせたんじゃ盛り上がりに欠けるってものさ。
で、ちょっと協力してほしいんだけど・・・」
トウタが競技者たちを集めて、何かしら耳打ちする。そして競技者たちが散らばると、審判を呼び寄せて説明をした。審判も困惑していたが、説明を聞いたアノルンが面白そうだと頷いたのでトウタの思う通りにさせてみることにした。
「えー・・・お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、トウタ殿が満点でも結果は変わらないということで、トウタ殿がこれから弓で一芸を披露するとのことです。
投げ手を8名に増やし、当りの的を一つ2点とし、50個。外れの的を10倍に増やし、結果どうなるか御覧じろ、ということです」
観客がざわめいた。これほどの弓の達人を集めても、誰も満点が出ない競技内容。それを遥かに難易度を上げて挑もうという。いかに発案者とはいえ、無謀ではないかと思われた。的を出す人間が4倍に増えれば、空中に舞い上がる的の総数も4倍になる。
だがトウタは観客に手を振って答え、射場に立った。先ほどの深呼吸を三度。一息ごとにトウタの緊張感が高まるのがわかる。衝立の後ろに隠れたエアリアルたちにもトウタの緊張感が伝わってきた。
そしてトウタが頷くと、審判が宣言した。
「それでは、弓技部門最後の競技になります。始めてください!」
声がかかると、投げ手たちは思い思いに的を投げた。打ち合わせは無し、だがそれぞれが似たようなことを考えていた。
どのような結末になるかしれないが、おそらくは投げ手が余計なことをすることはトウタも望んでいない――ならばあらん限りの速度で、的を投げ続ける。投げ手となった競技者たちは5人とも同じ考えに到達していた。
結果として、一度に10を超える的が宙に舞う。その中に当りの的は3、4個だが、次々に投げ出される的はまるで花吹雪のように舞っていた。
だがトウタはそれらを見て、一切の躊躇なく凄まじい速さで速射を始めた。見る側が矢を取り出す動作に目が追いつかないほどの速度。時に二本撃ちも混じるトウタの矢は、正確に的を次々と射抜いて行く。
まるで打ち合わせた演劇のような射に、観客は歓声を上げる間もなくただ見入った。一人で矢の雨を作り出すトウタを見て、これが現実の弓技だと信じられた人間が何人いただろう。
これだけの的が空中にあれば、的同士がぶつかりもする。案の定エアリアルの時のように、的が空中で交錯して的が落下する。だがトウタの矢は的が交錯して軌道を変えた瞬間、正確に的を射抜いていた。
「何っ!?」
「嘘でしょ?」
いかなる集中力が可能とするのか、まるで全ての的の軌道がわかっているかのように、トウタの矢は正確に的を射抜き続けた。そして極めつけは横向きに飛んだ的である。的の面は一切トウタに見えず、狙い様もない。しかも的の挙動を見る限り、落下するまで一度も面がトウタの方を向くことはないだろう。
これは投げ手が意図したことではなく、失投である。投げたのはフェンナだったが、あっと思わず声を上げていた。
だがこれにもトウタは矢を上空に向け、躊躇いなく矢を放った。そしてトウタの矢は放物線を描き、的が地面に落下する瞬間、見事に射抜いて地面に縫いとめていた。
「うおおおお!?」
「なんて技だ!」
観客が思わず声を上げたが、的は既に残り10もない。ここでトウタはさらに工夫を凝らし、一直線ではなく、曲がる矢を用いて曲芸のように的を狙いだした。上から横から、矢があり得ない軌道を描いて的を射抜き続ける。しかも当然だが、外れの的は全て避けているのだ。
もう何が起こっても誰も驚かなかったかもしれないが、最後から二つ目の的となったとき、トウタの矢は残り6本だった。トウタは一本目を的の中心に当てると、的はくるくると回りながら落下する。その的めがけて、さらに矢を射かけたのだ。
「おい?」
「何を――」
トウタの矢は別の角度から矢のど真ん中を射抜いた。同じ中心に、3、4、5と、矢が刺さる。呆れた正確さに、観客から歓声よりもため息が漏れていた。それは競技者たちも同じだった。
「ありえん・・・そんな馬鹿な」
「いったいどんな練習をすれば、こんな技術を身につけるというのです」
「競技には勝ったが、勝負には負けたな。素直に認めざるをえないが――」
エアリアルは負けを認めていたが、トウタには欠点があることも理解していた。これは負け惜しみではなく、狩人であるなら全くの欠点だと考えたのだ。だがトウタの最後の矢を見て、その考えも間違っていたことに気付く。
ぼうっとしていたフェンナの手元には、最後の当りの的があった。もう全員が外れの的も含めて投げ終えたところであり、有終を飾る最後の的となるだろう。意図したわけではなが、華を添えてやろうと全員が頷き、フェンナが的を投げた。
一つだけ上がった的に、トウタが最後の矢を番える。だがトウタは自分の矢を見て、一瞬困ったような顔をした。エアリアルが何事かとトウタを見たが、その瞬間、トウタの姿と矢の発射音が完全に消えたように感じた。
続く
次回投稿は、3/19(月)7:00です。