戦争と平和、その133~統一武術大会、弓技部門⑥~
最後の課題は投げられた的が地面に落ちる前に射抜くことである。的には当たりさえすればよく、また投げることから大きさは人の頭ほどとした。さらに外れの的も混ぜることで、難易度を挙げた。当りの的は綺麗な円だが、外れの的の形は三角や四角など、形を歪にすることで区別してある。的は一つ10点、つまり全部で10個。外れの的に当てれば減点5点。外れの的の個数は不規則。投げだされる箇所は2箇所となった。
最初に競技に挑むバルドレが矢を地面に全て突き刺し、立ち位置に立った。彼がふと思いつき、トウタに尋ねる。
「ちなみに、何発同時に投げられるのです? まさかとは思いますが、10個同時に投げられると全部は射抜けませんよ?」
「一応、外れも含めて4個までって言っておいたさぁ。あと上に向けて投げろってね」
「なるほど、それなら常識の範囲内ですかね。まぁ下に向けて的を叩きつける人はいないと思いますが」
バルドレの冗談に全員がくすりと笑った。確かにそれでは競技にならないのだが、実戦ではどんな馬鹿なことも起きうると考えたのが、この中に何人いただろうか。
そしてバルドレが深呼吸を一つすると、開始を促した。どの間合いで投げられるか、投げる人物は衝立の後ろにいるため全くわからない。バルドレは一本目の矢を引き絞って待っていたが、空中に出てきた的が当たりと見るや、一直線に放った。矢は見事に命中したが、観客が歓声を上げる間もなく、次は同時に三つの的が投げられる。
そのうち二つがあたりだと気付くと、バルドレは即座に一つを打ち抜き、次の矢に手を伸ばしたが、その瞬間に上ではなく外側に向けて当りの的が放たれた。
「くっ!?」
息を整える暇もない展開に、バルドレが次々と矢を放つ。そのうち何発かが外れ、また外れの的も射抜き、成功7、失敗3の、結果55点となった。
これが高得点かどうかはわからなかったが、息をつかせぬ高速の展開に、観客たちはバルドレに対して惜しみない賛辞と拍手を送った。バルドレは自らの結果に不満足そうだったが、観客の声援に応えて手を振った。優勝はなくなってしまったが、競技会の華であったことは間違いない。
次のフェンナは慎重に過ぎたか、成功6、失敗0にとどまり60点。シャーギンは成功7、失敗1の65点。オーリは成功8、失敗2の70点。この段階で既に残されたエアリアルとトウタの得点に誰も及ばず、優勝争いは二人に絞られた。
そしてエアリアルの出番である。エアリアルは大きく深呼吸し、しばし目を閉じて瞑想した。この競技に対して、そこまで優勝を狙っていたつもりはない。もちろんイェーガーのために全力を尽くすつもりではいたが、これは祭りの余興である。重要なのは護衛の任務であり、競技会は愉しんで終了させるつもりだった。
だがトウタの出現で事情が変わった。トウタに負けるわけにはいかない。おそらくトウタとはまた戦場で技を争う相手になるのではと直感している。そしてそれ以上に、同じ狩人の気配を持つ者として優劣をつけたいという本能が勝っていた。エアリアルは久しぶりに大草原の臭いを嗅いだ気がしていた。
「(集中力は最高だ・・・来るがいい)」
エアリアルが競技開始の合図をする。バルドレ以外の全員が矢筒から矢を引き出す形をとった。それは彼らが狩猟民としての手法を大切にしたからだが、矢が互いに絡まる可能性はこちらの方が高い。だがエアリアルは今なら触れた矢が絡まるかどうかすらも判別できると感じていた。
最初から4個の的が同時に上に投げられる。当りの的は内二つ。それらが落下を始める前に、エアリアルは難なく射抜いた。今度は違う方向に4つ。このうち当りの的二つをさらに難なく射抜く。エアリアルの調子の良さを感じ取ったか、的が出てくる間隔が速くなる。
次は交互に別々の方向に的が出てきたが、全て外れの的。そして7個目でようやく当りが出たが、それが出た瞬間にエアリアルは正確にその的を射抜いていた。見事な技に観客が盛大に盛り上がる。
「いやいや、お願いしたより的の射出が早いかなぁ?」
「だが盛り上がっている。彼女の集中力がそうさせるのだろう。人を巻き込むほどの集中力か、素晴らしい」
「うむ、シーカーやエルフにもあれほどの腕前はまずいまい。見事だ」
バルドレとシャーギンが賛辞を送り、トウタが苦笑いをする中でエアリアルの集中力はさらに高まる。当りの的が空中で重なると、一本の矢で的を二つ射抜いたのだ。観客の盛り上がりは最高潮に達した。
「おおーっ!」
「凄いぞ!」
ここまで当りの的7つ全てを正確に落としている。得点を考えれば90点をとれば確実に優勝だが、そんな考えはエアリアルの頭の中から完全に消え去っていた。今ならどんな間合いで的が投げられても正確に射抜ける、そんな予感があったのだ。
だが意図されたものではないのか、まさかの事態がエアリアルを待ち受ける。的は平たく作られているが、射抜きやすいように競技者に対して的の面が向くように投げられていた。だが的同士が空中でぶつかり、当りの的が垂直に落下したのだ。しかも的の面はエアリアルの方を向いておらず、縁の部分しか見えない。
「くっ!」
エアリアルはそれでも的を狙ったが、さすがに矢が当たることはなく的は地面に落下した。観客からため息が漏れるが、エアリアルの集中力は途切れることなく、残りの当りを全て射抜いた。成功9、失敗0、合計90点である。
この瞬間、トウタの結果を待つことなくエアリアルの優勝が決まったのだが、そのトウタは盛大に笑って大きく手を叩いていた。心の底から嬉しそうな、満面の笑みだった。
続く
次回投稿は、3/17(土)8:00です。