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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その132~統一武術大会、弓技部門⑤~

 誰もが60点以上は不可能だと考えた課題。その中でエアリアルは、80点が狙える場所に立っていた。観客が盛り上がるが、競技者は逆に懐疑の目で見ていた。


「あの位置から狙えるのか?」

「今より強い風が吹けば、あるいは」

「だが、砂時計が落ち切るまでに矢を放たなければ失格だ。それほど時間はないでしょう」


 打つ場所を決めてから矢を放つまでは、おおよそ20呼吸以内。それ以上は遅延行為として無効になる。他でもない、エアリアルが定めた時間である。だがエアリアルは冷静に時間を計算していた。そして一際強い風が、会場の端の旗を揺らした。


「――今」


 エアリアルの放った矢が風に乗り、軌道を曲げて進む。弓を引き絞りすぎず、ぎりぎりの角度で山なりに放つ。矢は風に乗り、本来ならありえないほどの曲線を描いて的に向かった。やや短いかと思われたが、突風がエアリアルの矢を一延びさせた。

 矢が的に命中すると、観客からは割れんばかりの歓声が起きた。熱狂とは対照的に、エアリアルは冷静に自分の場所に戻る。次のトウタとすれ違いざま、トウタから声がかかった。


「お見事」

「・・・そうだな」

「風を読んだこともそうだけど、魔術も仕掛けてたでしょ? 魔術を無効化させる結界の範囲を知っていて、的を設置するふりをして、その外に魔術を仕掛けた。合ってる?」


 トウタの指摘にエアリアルは一瞬目を見開き、そしてその後目を細めてトウタの反応を品定めした。トウタの顔には邪気はなさそうだった。


「そうだと言ったらどうする? 審判に反則を知らせるか?」

「まさか? ルールから逸脱しない範囲で知恵を駆使するのは反則だとオラは思っていないねぇ。それに何より、今そんな無粋なことをしたら『面白く』ない」

「何?」


 トウタの言葉にエアリアルは驚いた。トウタの性格の底にあるものが垣間見えた気がしらからだ。だがトウタがどんな表情をしているか確認しない間に、トウタは既に歩き出していた。


「まぁ見ていてよ、さらに面白いものを見せるからさぁ。これは祭りだからね、楽しまなきゃ損だってことを思い出したよぅ」


 トウタは背伸びをし、首を左右に振って緊張をほぐすと、100点を狙える位置に入った。当然観客は盛り上がったが、エアリアルをしてそれは無理だとわかっている場所に設定した立ち位置である。魔術で補助をしたとしても、数回分の補助が必要だと考えていた。

 だがトウタは魔術を使用するわけではない。どうするのかとエアリアルが見ていたが、トウタは弓矢を構えると、一度構えを解いた。


「なるほど、正攻法じゃ無理か」


 トウタは懐から短刀を取り出すと、矢筒にいれた数本の矢から一つを選び出し、おもむろに矢に加工をし始めた。矢羽を一部取り除き、矢尻に切れ込みを入れる。その工程を見て、競技者たちがあっと言った。


「あいつ、矢を何種類も準備しているのか?」

「確かに協議の規定では、矢の形について何も言われていないが。まさか、用途によって使い分けていると?」

「弓の強度や素材に気をつかうことはあるが、まさか矢そのものに加工をするとは――しかも即席でやるとなれば、どれほどの自信があるのだ?」

「手の形だが――」


 エアリアルがぼそりと呟いた。


「何度も弦が切れて手に当たり、手が傷ついた痕が無数にあった。素手で弓矢を扱うことも多いのだろう、手の皮は何度も剥けて、完全に固まっていた場所もあった。寝る間も惜しんで弓矢を射ってきた手だ。

 それに今回の弓矢は競技初日に支給されたものだが、末弭うらはずには凄まじい痕が残っていた。短期間であれだけの痕を残すとあれば、それこそ寝ていたかのすら疑わしいほどの試射の回数だろう。

 どのような生き方をすればあの年齢でそれほど弓矢に没頭できるのか。今回の相手じゃなければ教えを乞いたいくらいだ」


 エアリアルの感想は本音だったが、トウタに弓矢を教わることはないだろうと考えていた。なぜなら、弓矢を扱う者は通常血の匂いがしない。離れたところから相手を仕留めるからだが、トウタからは濃い血の気配がしたのだ。

 職業は狩人と言っていた。だが少なくとも、狩った相手の数は自分とは比較にならないはず。血風吹きすさぶ、そんな狩場に常にいたのではないかとエアリアルは考えていた。そのくせに人懐こい笑顔と態度が、逆に信用ならない。

 そしてトウタは矢の加工を終えると、一瞬で引き絞り放った。あまりに躊躇ない一矢。観客が歓声を上げる間もない中、空気抵抗のせいかありえない放物線を描いて一直線に飛ぶ矢は、見事に的を射抜いた。


「トウタ殿、100点!」


 審判の声と共に、会場は最高潮の盛り上がりを見せた。トウタも手を振って軽く歓声に応えていたが、その表情に笑顔はなく、むしろ一層引き締まっていた。現時点でトウタ406点、エアリアル418点。そのほかの面々は点数で大きく離れたため、実質優勝はこの二人に絞られたと言っていい。

 そして最終競技に全員で向かったが、その間エアリアルとトウタは一度も目を合わせることがなく、互いの間には殺気とも闘気ともとれない緊張感が漂っていた。



続く

次回投稿は、3/15(木)8:00です。

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