戦争と平和、その128~統一武術大会、弓技部門①~
「なに、おぬしの父と兄弟子がなくなったのはワシのせいでもあるのじゃ。気に病むでない」
「・・・はい」
「で、目的のバスケスには何回戦までいけば当たるのじゃ?」
「天覧試合までいかねば当たりません。それまでは何としても本戦を突破せねば」
シャイアは拳を握りしめた。力が入りすぎて、爪が肉に食い込むのをすんでのところで止める。格闘家バスケス。一騎打ちと称して、形勢が不利になるや卑怯な手を用いて兄弟子と父を殺した男。
父の今際の言葉を頼りに五賢者のゴーラを頼り、鍛えに鍛えて仇を討つために俗世に出てきた。ギルドの傭兵としてほとんどを辺境で活動するバスケスの居場所はわからなかったが、統一武術大会であればひょっとして出てくるのではないかとヤマを張り、その通りになった。
精霊と亡き父と兄弟子の導きに感謝したが、バスケスと当たるまで勝ち抜かなければいけない。本戦の試合を見る限り、相当強者が集まっているとシャイアは感じていた。本当に勝ち抜くことができるのか。今は次の試合のことのみに専念する。
そしてこの武術大会そのものを壊しかねないカラミティを、ゴーラが止めたということだ。シャイアはゴーラの成果を見届けると、一礼して引き返した。試合は夕刻になるだろうが、準備が必要である。
ゴーラはシャイアの背中を見送りながら、顎髭をさすっていた。
「ふむ・・・ワシがかつて教えた人間のうち、残った流派の者達が戦うことになるとはなんとも皮肉なことよ。しかしバスケスとは・・・弟子にはしたが手に負えぬ性の持ち主と聞いてはいたが、よもや師と兄弟子を殺すほど狂っておるとはのぅ。
手ごわいぞ。気を引き締めよ、シャイアよ」
ゴーラは最も自分が手塩にかけて指導した人間の忘れ形見を、目を細めて見守っていた。
***
太陽が中天に差し掛かる頃、統一武術大会における弓部門の決勝戦が行われようとしていた。
部門ごとにも競技会が開かれるが、そこでは対人戦ではなく、各々の演武を披露する形で優劣が決まる。今までも対人戦にしたことはあるが、怪我人が多くなると統一部門が盛り下がる結果になることが多く、ミランダの発案で純粋な技術を戦わせる場として各武器での部門が開かれていた。
弓部門は、予選では様々な距離に的が設置される形で競技が開始された。合計6射で、距離が遠く、かつ的の中心に近い部分を射抜いた者が高得点となる。予選からの勝ち抜けと、本戦出場者で合計36名となり、6名ずつの試技で高得点の上位6名が決勝進出となった。
なお、使用される弓は全てイェーガーが作成したもの。これはアルフィリースとコーウェンで売り込み、世に出回る弓の2、3倍の飛距離を持つことの性能を流布する目的もあった。
事実、本戦終了後イェーガーには弓部門に出場した傭兵や戦士の入団希望が相次ぎ、騎士たちからは弓の作成方法について問い合わせが殺到した。この技術はさぞかし高値で売れるだろうと、コーウェンと財務のエクラ、それに獣人のジェシアは最初から目論んでいた。もちろん、戦場での利を失わないために製法は一部しか伝える予定はない。予想通りに事態が進んでいることに、コーウェンは微笑みで対応しながらも、腹の底では高笑いが止まらなかった。
そして決勝戦の顔ぶれは、シーカーから三名。フェンナ、その護衛オーリ、王子シャーギンである。そしてエアリアルと、昨年の優勝者騎士バルドレ。そして一人東の大陸から流れてきた狩人はトウタと名乗った。
この6名が一列に並び、閲覧席に座るミランダに向けて礼をした。全ての諸侯が見守る天覧試合とはならないが、各部門の決勝戦は観客も多く、また会議も昼休憩の時間に行うため顔を出す諸侯もちらほらいた。
その中でシャーギンが礼をしながらも、ふん、と鼻を鳴らしていた。
「どうして王子たる私が頭を垂れねばならぬのだ」
「殿下、お許しを。人間の世界では演武などの前にも、形式として礼をすることがあるのです。決して卑屈になっているわけではありませぬ。礼儀作法だと思っていただければ」
「まぁフェンナがそうしろというのなら、私も王族として礼儀を欠くわけにはいかぬからな。ましてこれは人間世界の催し物なれば、そちらの流儀に従うのが筋というものだろう」
シャーギンは不満気ながらも、フェンナの言うことに従った。鼻っ柱が強く、誇り高いゆえにやや傲慢にもとられるシャーギン王子だが、フェンナに対しては素直である。その様子をオーリは無表情で見守っていたが、どこかすっきりとしない感情も抱えていた。本来護衛対象のフェンナが王子に懸想されているとなれば、喜ぶべき出来事なのだが。
対してエアリアルは空を見上げながらで風を読んでおり、美しき騎士としても有名なバルドレは観客に笑顔で応え、トウタは落ち着きなくきょろきょろと周囲を見渡していた。その手足は振るえ、緊張が傍目にもよくわかった。
その様子を見て、バルドレとシャーギンが声をかけた。
「それほど緊張なさらず、トウタ殿。ここは弓の腕前を争う場であって、戦う場ではないのですから」
「その通りだ。そう震えていては本来の半分の力も出せまい。折角の大舞台、存分に力を発揮せねば損というもの」
「お、おう。そりゃあそうなんだけどよ。人里離れた場所で獣相手に暮らしていたから、どうにもこんなのはオラ苦手でなぁ。おっとう以外に人間なんてロクに見たこともないしよ、人間がいっぱいいるだけでもう気持ち悪くなってよぅ」
口を押え始めたトウタを見て、慌ててバルドレが背中をさする。シャーギンは呆れたが、フェンナがそっと彼に丸薬を差し出した。
「吐き気を押さえて気分を落ち着ける薬です。よかったらどうぞ」
「お、ありがとなぁ。カンカジとニモギを混ぜた薬かぁ。でもオラには必要ねぇさ。弓を構えりゃなんでも治っちまうからな。気持ちだけいただいておくぜ、別嬪さん」
「まぁ」
トウタはぼさぼさの頭をかきながら、ぱっと笑顔をかがやかせた。その表情が無邪気な少年のようで、ちょっとフェンナは面喰った。なごむ雰囲気の中、エアリアルだけはなぜか少し厳しい目でトウタを見つめていた。
続く
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