魔王の工房、その14~剣帝~
「あ・・・」
そこで先ほどの光景がイライザの頭に思い起こされ、剣に伸ばす手を止めてしまった。それを見て、再びケルベロスは虐殺を続けた。
そしてひとしきり殺しつくした後で、もはや何人かの非戦闘員が残るのみとなった。その様子を見てアノーマリーがさらに命令をポチに下す。
「ポチ、よく出来ました」
「わうっ!」
嬉しそうにポチが返事をする。
「そうだな、3人くらいなら連れてきてもいいよ。『なりそこない』と人間の交配は面白かった。結果がお前だしね。また色んなパターンを試してみたいしね。彼女たちには長く役立ってもらおう」
「わんっ」
「ダグラとドグラも。いいね?」
「は、はへ」
それまでアノーマリーに何か罰を受けるのでは、としなだれていたダグラが返事をする。加えてドグラもおそるおそる質問をする。2人も本来ならばその性は邪悪だが、これだけの出来事が一挙に押し寄せると、憔悴した様子だった。
「あの~、アノーマリー様?」
「なんだい?」
「オラたちに罰はないので?」
「ないよ? っていうか、よく生きてたね。本当はここで置き去りにしてもよかったんだけど、まさかポチと同化して生き延びるとは予想外だ。面白いからもう少し君たちも生かして観察してみたいんだ。それまでは死んでもらっちゃ困るなぁ」
「ほっ。しばらくは首がつながったべ、ダグラよ」
「まさに言葉の通りだべな、ドグラよ」
2つの首は互いにお互いを見て安堵とも何とも付かないため息を漏らすと、すごすごと生き残った女を運ぼうとする。ほとんどの生き残りは恐怖のあまり気を失ってしまったが、1人だけ気の強いシスターがまだ意識を保っていた。これから何をされるかを察し、恐怖と助けの叫び声を上げる。
「いやあああ! エルザ様、エルザ様! お助けを!」
「うう・・・」
だがエルザもまたアノーマリーの気まぐれで生かされている身。下手な動きはできなかった。それに優先されるべきは目の前のシスターよりも自分の命よりも、得た情報なのだ。悔やまれるのは、ここに呼んだ増援が事情を知らず、覚悟を決めていなかったこと。エルザが巡礼の身分さえ明かさなければ、増援に呼ぶべくもなかった人間達である。
だが増援が無ければ、エルザとイライザも先ほどのポチの襲撃で死んでいただろうし、逃げる余力がもはやなかっただろうことも事実。正しい答えがあるわけもなく悩むエルザだったが、引き摺られていくシスターに思わず手を伸ばしたのはイライザの方だった。助けを求めて伸ばされたシスターの手を掴んだが、アノーマリーとポチが同時に睨んだため、ゆっくりとその手を離さざるをえないイライザだった。
その様子を満足そうにアノーマリーは眺め、優雅にその場をポチと共に去っていった。
***
「終わりましたか?」
「ああ、充分だよ。新しい素材も手に入れたし。まあ個人的な興味もあるけど」
ティタニアの言葉に、アノーマリーがとらえたシスターたちを横目でちらりと見る。
「あの2人はなぜ生かしたのでしょうか。私もあなたの方針に逆らいはしませんでしたが、もはや不要に思えましたが? 特にシスターの方は、生かしておく限り我々を追い続ける執念を持っていますよ」
「もっともなサイレンスの疑問だけど、その方が色々うまみがあるのさ」
アノーマリーが指をくるくる回しながら答える。
「例えば?」
「一番厄介なのはミリアザールが各地に潜伏させた『口無し』とかいう情報網だ。これの抹殺は容易じゃない。何せ自分の伴侶にすら身分を明かさないような連中らしいからね。だから探すのが無理なら・・・」
「相手を動かせばよい、と」
「そういうこと。工房が10以上もあることを知れば情報網を総動員して探そうとするだろう。また、中原の戦火がこちらの手の者による仕掛けだということも、直に気がつくだろうしね。そのために、ムスターには好き勝手をさせてるんだ。ここまで派手にやれば、さしもの連絡員にも何かしらの動きが出てくるはず。そこを」
「私の手勢で叩くと」
サイレンスが会話に割って入り、納得した様な顔をする。
「そういうこと。君の手勢は口無しと似ているからね、潜伏させるならもってこいなわけで。実際にもう何人も潜伏しているんだろう?」
「ええ、ただ私が扱うのは人形なので、完全に人間の真似ごとをするわけにはいきませんが」
「セックスできる人形なんて、もう人間と一緒だと思うよ『操演師』のサイレンスさん?」
「褒め言葉として受け取っておきましょう、アノーマリー」
サイレンスが言葉とは裏腹に、儀礼的な口調で返事をする。さらにアノーマリーはやや興奮気味なのか、いつもに増してよく喋っていた。
「それにあの程度の女なら、何度戦ってもボクたちが負けることなんてありえないさ。まあ思ったよりは良くやったけど、ボクの掌の上から出たわけではない。まだ成長する可能性はあるから、そのうちそういうこともあるかもしれないけど、それでもボクを殺すのは無理だろうなぁ。なんせ僕ってば八つ裂きにされても気持ちいいばっかりで、全く死なないしね」
「あなたもドゥームのように、そういう類いの生物ですか?」
「『あなたも』ってのはごたいそうな言い草だけど、サイレンスだってどうせ同じような存在なんだろう? ドゥームもライフレスもどうやらほとんど不死身みたいなものだし、ボクたちはそれぞれが不死に限りなく近い。生半な人間にはボクたちを殺すのは無理だ。だけど、ここにティタニアという例外もいるけどね」
アノーマリーが隣で歩く女剣士を見上げる。
「君はその気になったらボクたちすら殺せるんだろう、ティタニア?」
「・・・どうでしょうね。やってみないと」
「よく言うよ。君のあだ名、『不死殺し』だっけ? それとも『黒い旋風』? 『死の足音』? 最も有名なのでいえば、『剣帝』なんてのもあったねぇ」
「よくご存知ですね。確かにどれでも呼ばれたことはあります。その中で一番有名なのは『剣帝』ですが、それも正確に私を表したわけではありません」
「そうなの?」
「はい。私は特に剣に限らず、武器なら何でも使えますから」
「えっ」
これにはアノーマリーとサイレンスが驚いた。今回工房を破壊したこともそうだし、ここ最近任務を何度か同じくするうち、ティタニアの図抜けた剣技をサイレンスも目にする機会はあったが、剣技と同等に他の武器も扱えるというのだろうか。
「まあ私がこの大剣を背負っているから、皆さん私を剣士と思っているのでしょう。剣と成果のみがあまりにも目立ち過ぎて、私自身の記録は男か女かすらも曖昧になっていますからね。実は大剣は扱いが苦手な部類なのですが」
ティタニアが苦笑する。剣帝ティタニア――ライフレスこと英雄王グラハムより先んじること100年余り。魔王が横行する世の中で活躍したとされる英雄である。
その伝説にいわく。魔王の一軍数千を一昼夜にして滅ぼしたとか、魔王100体斬りを7日7晩休まず戦って達成したとか、やれ剣で城を斬ったとか、あまりにも人間離れした伝承が多い人物だった。その実績だけ見ても、眉唾もの―ー魔物に虐げられていた人間が作り出した妄想の産物としか思えない。
また語られるその姿も一定ではなく、ある吟遊詩人は巨人の剣士だったと謳い、別の吟遊詩人は優雅な男の剣士だったと語る。学者の説では、その時代に活躍した名もなき剣士たちの功績が集約されてティタニアと言う人物になったのだろうと言われており、その姿はグラハムと異なり正確に伝えられていない。だからこそ子どもたちが寝物語に聞くのは、史実としてきちんと残されたグラハムやその配下の英雄たちの話なのであり、ティタニアの話は誰もが知りながら「そんな人物もいたな」程度の認識でしかない。
だが。今回魔王の工房を斬って破壊したのは紛れもなくこのティタニアなのであり、伝説は全て真実であることを裏付けるだけの実力の片鱗を見せている。ただ、誰も生きてその姿を見た者がいないだけで、認識されていないのは姿形だけだったのだ。この長い黒髪の中ほどで赤いリボンを結び、優しげに微笑む可憐な乙女を見て、誰が史上最強の剣士だと思えようか。剣さえ背負っていなければ深窓の令嬢で通ってもおかしくないのは、アノーマリーやライフレスですら認めていた。
普段は他人に興味を持たないアノーマリーでさえ、ときに疑問に思うことがある。これほど可憐な女性でありながら、なぜ剣を背負って戦っているのかということを。しかもアノーマリーの見立てでは、ブラディマリアにすら警戒させるこのティタニアは、純然たる人間の女性だった。彼女が生きていた時代は、今とは比べものにならないほど苛烈なはずだ。女が剣を握るだけでも覚悟が必要だったろう。
その口から思わず疑問がほとばしる。
「大剣が苦手だというのなら、ティタニアはなぜその剣を使うのさ?」
普段から道化を演じるアノーマリーの珍しい本音。純粋な興味からでたその問いに、優しく微笑んで答えるティタニア。
「この大剣はそれぞれ父と、兄の形見なのです。私は彼らの後を付いて回るだけで、昔はおよそ戦いとは無縁の人間でしたから。この剣を背負っていると、父と兄と旅をしていた時を思い出して寂しくないのですよ。ですので、実はあまり戦いが好きではないのです」
「へえ。ならなんで今の今まで戦いを? 伝説も事実なんでしょ?」
アノーマリーが無遠慮な疑問を投げかけたが、ティタニアも今度は優しく微笑んだだけだった。その笑みの後ろに硬い意志を感じ、アノーマリーもそれ以上の追求は諦めた。
「・・・まあいいや、また機会があればゆっくり聞くとするよ。それよりボクはボクで、やることがあるんだ」
「ライフレスを追うのですか?」
「ああ、彼を止めないとね。ブラディマリアが先行してるから話は通っていると思うけど、果たしてどうなる事やら。君たちは別の任務があるんだよね?」
アノーマリーの言葉にサイレンスは頷く。
「ええ、こちらは期限付きなので。私とティタニアと、ある物品の奪取に行きます」
「ティタニアを出張らせるような代物なの?」
「まあ物自体も凄いですが、警備が半端ではなくて。おそらく城一つ攻め落とすことになるかと」
「まさかそれを君たち2人で?」
「いえ、私1人でやります」
ティタニアが即答する。さすがに驚くアノーマリーだったが、目の前の女剣士ならいともたやすくやってしまいそうなことも認めていた。
「・・・派手になりそうだね。もう隠れてコソコソするのも段々無理になって来るだろうし、計画もさらに進展するわけか」
「ええ、お師匠様もそのつもりのようです。このままいけば本格的な決起の時も近いのでは」
「また忙しくて寝れない日が続くね、これは。今のうちに英気を養っておきたかったのに、ライフレスが不要な暴走をするせいでこれだよ」
「まあ彼には何らかのペナルティが課せられるでしょう。それに事情も先ほどティタニアから少し伺いましたが、彼がそこまで執心する女剣士も、一度直に見てみたいですね。以前魔王を瞬殺したのは見ましたが、果たしてそこまでの逸材かどうか」
どうやらサイレンスもアルフィリース達には興味があるようだ。だがアノーマリーはまだアルフィリースたちには興味が湧いていないらしい。だが先ほどライフレスがミランダの話をしていれば、また話は違ったかもしれない。
そうこうするうちに、予備として配置してあった転移用の魔法陣の場所にまで到達する3人と1匹。
「まあ生きていればいずれ会うんじゃないの? それよりもボクたちは仕事をしないとね」
「ああ、そうでした。ではそろそろいきましょうか」
「そうだね。じゃあ『世界の真実の解放のために』だっけ?」
「ええ、世界の真実の解放のために」
「ではいずれ、また」
そうして3人と1匹は転移魔術を使い、その場をあとにしたのだった。
続く
次回投稿は3/25(金)12:00です。