戦争と平和、その126~統一武術大会二回戦、試合の間②~
「それは俺もそう思うけど、あいつの手帳を見たことあるか? ジェイクと関わりのある人間のことがびっしりと書かれていた。誰がどういう交友関係で、どこの出身で、何が好きで癖はどうだとか。そこまで調べて、あいつはジェイクに有利になるように情報を操作したり、ジェイクの足を引っ張りそうな奴を先回りして潰している。
ジェイクがこれだけ出世しても、グローリアじゃあジェイクのことを悪く言う奴は一人もいないだろ?」
「そういや・・・俺も含めて貴族の中にはジェイクのことを面白くないって言う奴がちょっと前までいたのに、最近じゃあまるで聞かないな」
「ほとんどはギャスが手を回しているみたいだ。多分ジェイクもそんな連中に関わっていたくないし、そんな暇もないから、ギャスのような人材を必要としたんだろう。
なら俺たちは、ジェイクにもギャスにもないものを身につける必要がある。わかるか?」
「・・・おう。そのくらいわかるさ」
ブルンズが腕組みをしたので、ラスカルは頷いていた。
「俺たちがジェイクに負けたくないのなら、覚悟が必要なことがわかった。俺たちもそろそろ将来のことを決める時期に来ているぜ、ブルンズ」
「そうか・・・そうなんだな。俺も決めないといけないのか」
ブルンズは国に帰って騎士となるつもりだった。父も兄も軍属だし、自分もそうなるだろうと漠然と考えていた。だが成長するジェイクを見て、もう少し自分の可能性を探ってみたいと考えるようになったのだ。
この二人の決断が後にジェイクの人生にも大きな影響を与えることを、まだ彼らですら考えてはいなかった。
***
――ローマンズランド陣内――
スウェンドル王の大天幕の周囲に併設された天幕の一つ、その中でカラミティは座したまま殺気だっていた。周囲の護衛も引かせ、自らが虫を仕込んだ連中ですら遠ざける。そうでもしなければ、誰かの顔を見た瞬間に怒りに任せて殺しかねなかった。自らが使役する虫ですら、カラミティの天幕から遠ざかっていく。機嫌の悪い主人によって、無駄に殺されるのを忌避したのだ。
カラミティの分体が3体やられたことは、カラミティには離れていてもわかっていた。分体がやられたこと自体にも激しい怒りを覚えたが、この怒りはそれだけではない。
カラミティは自らの虫を寄生させることで自由に相手を操ることができるが、相性の良い個体でないと、一定時間が経つと拒絶反応で虫ともども死亡してしまう。ある程度は寄生させる前に相性がわかるのだが、寄生させてみると反応が異なることもある。数年経過して異常がなければ相性には問題がないのだが、10年以上寄生させることができる個体は100体に1体もいればよい方なのだ。
今回失った個体は全て200年以上熟成型。確率でいえば、数千に一体の成功率である。しかも見た目も気に入っていたし、三つ子というおまけつきだった。確率としては天文学的な成功確率なので損失としては非常に大きく、取り返すのにどのくらい時間を要するのかと考えると腹立たしくてしょうがない。
それに、連れてきていた強力な手駒を全て失った形になる。まだ動かせる個体はいるが、戦闘を任せられるほどの信頼はない。今後の活動に差支えがあるかどうかは未知数だが、万一自分の身に危機が迫り自ら反撃すれば、自分がカラミティだとばれてしまう。それはまだこの平和会議においては避けておきたかった。
それにしても、分体を3体まとめて始末するとは何者の仕業なのか。まさか救護教官のハミッテごときが処分できるとはカラミティは信じていなかったが、虫の一匹も戻らないし、このアルネリアにそれほどの戦力があるとは想定外だと考えていたのだ。ドゥームがかつてミリアザールまであっさりとたどり着いたというのに、随分と話が違うではないかとカラミティは考えた。
もしドゥームが侵攻した時はわざとやらせたのだとしたら、想像以上にミリアザールは策士ということになる。もしかすると、スウェンドルやローマンズランドの行動や自分の狙い、黒の魔術士の目的も全て筒抜けなのではないかとすら勘繰ってしまう。
カラミティは怒りを制御し、なんとか思考をまとめようとした。サイレンスは怒りに任せて行動した結果、不覚をとったと聞いている。自分が目的とするのは人間を可能な限り苦しませて殺すことだが、冷静さを欠くようでは人間より上位の存在になったとはいえない。
せっかく人間を「やめた」のだ。醜い人間などに劣ってなるものかと、必死に自らを律そうとしていた。
「(まずはどのような状況で分体が死んだかを探る必要があるわね。それをやった者も調べないと。スウェンドルの行動は私でも完全に操れない時があるし、統一武術大会にはティタニアも出ている。アルネリアがそれを見逃すはずがない。おそらくはティタニアを捕縛、ないしは殺害しようと動くはずだが、それに巻き込まれず全ての仕掛けを終える必要がある。
だがしかし手駒が足りないわ。しょうがない。即席で試すのは問題だけど、寄生個体を増やすしかないか・・・それともマスカレイドをまた使って・・・うん?)」
カラミティはふと、周囲から一切の気配がなくなったことに気付いた。護衛は遠ざけているが、気配がわかる範囲には置いておいた。それに自分が直接操る者達もそうである。それらの気配が一斉になくなったのだ。
一つずつなくなるのなら気付いたはずだ。それら全ての気配が同時になくなるとは、どういう事態なのか。ただならぬ事態に、カラミティの怒りは奥底にしまい込まれた。本能が警戒を発するのは久しぶりである。外にただならぬ相手が、いる。
カラミティは慎重に声をかけた。何かあれば即座に戦闘できるだけの体勢は整えている。
「そこにいるのは誰かしら?」
「――ちょいと邪魔するぞ?」
入ってきたのはタヌキの獣人。一見すれば腹の突き出た、ただのしなびた古狸である。カラミティも見覚えのない顔に一瞬記憶を手繰ったが、それが誰かはすぐにわかった。
「まさか――五賢者ゴーラ?」
「ほほっ。ワシを知っておるとは、お前さんはやはりただの人間ではないのぅ? やはりお主がカラミティか?」
カラミティは思わずしまったと思ったが、それは必至で顔に出さず冷静に対応した。
「そう――私がカラミティだったとしたら何かしら? 五賢者殿がわざわざ私のところまで来るなんて、何か役に立つ知恵でも授けてくださるのかしら?」
「知恵――そうさな。知恵と言えば知恵か。お願いともとれるし、脅迫ととってもらっても結構じゃよ」
ゴーラは顎をぽりぽりとかきながら、カラミティに提案をした。
続く
次回投稿は、3/3(土)8:00です。