戦争と平和、その124~統一武術大会二回戦、ジェイクvsミルネー④~
「何を企んでいる?」
「だから、何も? 悪霊が祭りを楽しんじゃいけないの?」
「悪霊は墓地で死者と祭りでもするがよい。それにお前の言葉を信じるくらいなら、ままごとの泥団子を口に入れる方がまだましというものだ」
「ちぇっ、何かあればミルネーを止めようと準備していたのに。信用無いなぁ。だって、勝ったらアルフィリースと戦うことになるんだよ? それは危険でしょう」
「あなたに信頼なんてあるはずがないでしょう」
リサの辛辣な言葉に、ドゥームは肩をすくめて部屋を出ていこうとする。
「リサちゃんに一つだけ忠告だよ。ミルネーは既に火がついた火薬みたいなものだ。かろうじてくすぶっているけど、アルフィリースを目の前にしたら暴走するのは間違いない。余計な手間をとりたくなければ、アルフィリースには護衛とこの競技場の往復以外はするなって言っておいて。ミルネーの行動はこちらで制限してみるし、祭りが終われば遠くに連れ去るからね」
「そうですか、一応忠告は聞いておきましょう。ですが、正直なところミルネーごときが暴走したところで、これほどの猛者が集まったこの場所で何かできるとでも?」
「挑発のつもり? いや、何ができるかは問題じゃないことはリサちゃんだってわかっているだろう。魔王がアルネリアの管理する土地で出現し、暴れた。その事実自体が問題になるんだよ。
それにミルネーが暴走すると、どうなるかは僕でもわかりかねる。何せ、彼女が常用している痛み止めは、あの『エクスぺリオン』だからね」
「!?」
その名前にリサは再度硬直した。まさかここでその名前を聞くことになるとは思わなかったのだ。ドゥームはリサの表情を見て、楽しそうに続けた。
「中毒性ある薬物ってのは、使い方次第で痛み止めにもなる。ミルネーの傷は癒えたけど、神経がやられたのか痛みだけはひどく残っていてね。どんな薬でも効かないから、試してみたんだ。見事に効いたのは、僕の処方が適切だったからだけど。
今ミルネーの体内には、かつてないほどの濃度のエクスぺリオンが蓄積している。それがどのような効果をもたらすかは、本当にわからないんだ。アノーマリーの研究じゃあ、濃度が高いほどに強力な魔王ができたそうだが、あれほどの容量を投与して耐えた例は報告されていない。
火薬って例えたのは、まさにその通りさ。まあ火薬の傍にいる僕が、一番危ないんだろうけどね」
ドゥームは自嘲気味に笑ってその場を去ったが、残されたリサには黒い靄のように不安な気持ちが渦巻いていた。それこそがドゥームの狙いでもあったのだが。
ティタニアはそんなリサを見て、ジェイクのことを話そうかと考えていたのをやめた。今はドゥームとミルネーから目を離さない方が優先だと考えたし、自分の試合もある。それにジェイクの成長も見ることができた。
最後の一撃は明らかに気を利用した一撃だった。この短期間で有効な使い方を見せたジェイクに、ティタニアは満足げにその場を去った。そしてその特性も、一端を垣間見ることができた。
だがジェイクに守られるリサを直に見て、少し羨望の感情があったことにティタニアは気付き、自分でも驚いていたのは誰にも悟られるわけにはいかなかった。
***
「凄かったな、ジェイクのやつ。最後の一撃なんか、完全に相手を吹き飛ばした。どうやったらあんなことができるんだろうな?」
「・・・ああ」
ラスカルとブルンズがジェイクの戦いぶりについて興奮気味に会話していた。正確には興奮しているのがラスカルで、ブルンズは暗い顔をしてそれを聞いているだけなのだが。普段と逆の役割に、興奮が落ち着いてきたラスカルが違和感を感じた。
ラスカルはあれこれと話しかけてみるが、あまりに反応の薄いブルンズに痺れを切らしたのか、その背中を強めに蹴った。
「おい、聞いてるのか?」
「・・・聞いてるよ」
「ならもうちょっと反応しろよ。ジェイクが強くなって嬉しいとか、逆ににくたらしいとか。何も言わないのはお前らしくないぞ? 何を考えてるんだ?」
ラスカルの心配そうな言葉に、ブルンズは少し顔を見上げて告げた。既にデュートヒルデたちはいない。ブルンズはラスカル以外の知り合いが周囲にいないことを確認し、ぼそりと話した。
「・・・正直言って、ジェイクが勝って嬉しいと思う。級友が活躍するのは誇らしいことだし、それを妬むほど俺も了見の狭い人間じゃないつもりだ。
俺にとって、統一武術大会での勝利は人生でも最大級の名誉だと思っている。いつかは俺もこの大会に出る。そう思って剣を練習してきた」
「初耳だな」
「当り前だ、あまり人に言えるようなことじゃないし、現在まるで実力が伴っていないのも知っているさ。
だからこそ、俺は恥ずかしい。剣を握ってまだ2年程度のジェイクがここまで見事な戦いを見せるのに、貴族として幼少から軍人の父に剣の手ほどきを受けた俺はなんなんだろうってな。騎士として、国のため、民のためにやがて捧げる剣なのに、この差はどうしてついたって考えていたんだ。
それがわからない限り、俺の剣はとても中途半端なものになる気がする。多分騎士にはなる。家柄もあるから国で出世もするだろう。だが漫然と生きるだけの人生になる気がしているんだ。
ラスカル、お前はどう思う?」
ブルンズの問いかけが予想よりも真剣だったため、ラスカルは一瞬返答に困った。ブルンズは粗暴だが、一度仲間と認めた者には惜しみなく協力するところがある。だが正直そこまで頭の回転が早いとは、ラスカルは考えたことがない。座学の成績だって、ジェイクと良い勝負のはずだ。そこまでこれからのことを深く考えているとは、思いもしなかった。
だがラスカルはブルンズの疑問がもっともだと考える。なぜなら、ラスカルもまた同じ疑問を抱いたことがあるからだ。
続く
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