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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その123~統一武術大会二回戦、ジェイクvsミルネー③~

「・・・? なんで?」

「勘だけはいいようだが、次はかわせるか?」


 ミルネーの剣が急激に速くなり、そして間合いも伸びていた。そのことに気付いた者が、観客にも少なくない数がいた。だがどうしてミルネーの間合いが伸びたのかまで理解した者は、数名だった。


「・・・腕が伸びた」

「は? 何言ってんのレイヤー。人間の腕が伸びるわけがないでしょ?」


 エルシアはありえない現象を否定したが、レイヤーの目は確かにとらえたのだ。ミルネーの腕が一瞬靄の様にあやふやな形となり、一部だけ伸びたのを。

 そのまま一方的にミルネーがジェイクを攻め立て、観客は大いに沸いた。ジェイクの危機に多くのイェーガーが声援を送ったが、その中でレイヤーだけが背を向けてその場を去った。エルシア一人だけが、レイヤーの行動に気付く。


「レイヤー、どこ行くの? ジェイクの応援は?」

「僕の出番が近いから準備するよ。間に合わなくて失格なんて、格好悪いもんね。それに・・・応援は多分必要ないよ」

「え? なんですって?」


 レイヤーの返事は歓声によってほとんど消されて、エルシアの耳に届くことはなかった。エルシアはしょうがなくレイヤーをそのまま見送り、自分はジェイクの応援に戻ったが、この時の顔を見られなくてレイヤーはよかったと思う。なぜなら、レイヤーの顔は半分笑っていたのだ。


「(応援は必要ないよ・・・なぜなら、ジェイクが絶対に勝つからね。ミルネーとかいう剣士はまっとうな人間じゃない。であるなら、ジェイクの特性を刺激することになるだろう。まだ人間の方がジェイクの相手になったろうに。

 それに――ジェイクの能力を使っているところを見ると、どうしても戦いたくなっちゃうからね。みんなの前で顔に出るとまずいじゃないか)」


 レイヤーは歓声を背にし、自分の会場へと一人向かった。

 そしてジェイクは防戦一方だったが、表情が曇っていくのはミルネーの方だった。途中から手ごたえが明らかに変わった。打ち込んでも打ち込んでも、まるで押している感じがしない。どちらかといえば、押されるのは自分か――? と、ミルネーが気付いた時には、既に背後に場外が迫っていた。ジェイクは防御の際に一歩ずつ足を前に出し、肩を入れて相手を威圧することで、無意識のうちにミルネーを後退させたのだ。

 

「馬鹿な! 一度も剣を出していないのに、私が後退しただと?」


 ミルネーは経験したことのない戦いに、叫ばずにはいられなかった。そしてその隙をジェイクが見逃すはずがない。

 ジェイクは剣を下段から振り上げた。剣先が地面をこすり、放たれた時に急激に加速する。ミルネーは危険を感じ取り、思わず剣で防ごうとした。

 だがジェイクの木剣よりも幅広で厚みもあるはずの剣は、容易く粉々に砕け散り、ミルネーは凄まじい衝撃に宙を吹き飛んだ。ミルネーが場外に落ち、審判がジェイクの勝利を宣言すると、観客の興奮は最高潮に達した。


「一刀で決めたぞ、あの小僧!」

「神殿騎士団中隊長ってのは、伊達じゃねえってことか!」

「やるじゃねぇか! なんて名前だ?」

「神殿騎士団のジェイクだとよ!」


 観客が波のように歓声を送ったが、対してジェイクは落ちたミルネーを見下ろしていた。戦場ではここで勝負は終わらないことを承知したうえで、ミルネーに無言の圧力をかけたのである。

 呆然とジェイクを見上げるミルネーの中に渦巻いた感情は、まずは信じらないといった空虚感。そしてジェイクが背を向けた瞬間、その感情は憎悪に変わる。

 ミルネーはジェイクの技量が普通ではないことは理解出来た。だがまだ戦う手段も残されていた。懐に忍ばせる『それ』を使用しようとしたが、さらなる憎しみがその手を止めた。


「(そうだ・・・これを使うべきはここではない。この小僧も憎いが、一番じゃない。もっと憎い相手――憎しみは溜めて、溜めて、溜めて――煮えたぎったマグマのようにしてから、相手にぶちまけるのが、最も素晴らしい方法だ。

 なんだ、愉しみが増えただけじゃないか。そう考えれば、この小僧には感謝してもいいくらいだ)」


 ミルネーはジェイクに遅れて立ち上がると、沸々と沸き上がる憎悪の感情に必死に蓋をし、その場を去った。体調を確認しようとした審判がミルネーの顔を見ると、まるで化け物でも見たかのように青ざめ、声一つかけれず後ずさっていた。

 ジェイクがこの時ミルネーの顔を見ていたら、勝敗を無視して間違いなく飛びかかっていたであろう。それほどミルネーの顔は人間の範疇を超えて、邪悪に歪んでいた。

 その様子を見ていたドゥームは、面白そうに、そして期待以上のものを見たように顔をほころばせていた。


「いいね、我慢したか。暴走してもそれはそれで面白かったけど、祭りが台無しになるのはいただけないからね。この祭りはかなり面白いことになりそうだから、最後まで見てたいんだよねぇ。ティタニアもそう思うでしょ?」

「!?」


 ドゥームの声に、ティタニアが外から入って来た。外には護衛がいたはずだが、ティタニア相手では意味を成さない。護衛たちは全員が気絶させられていた。

 リサはティタニアの名前と姿に、思わず硬直する。もちろんリサも覚えている。沼地を超えたところで見た、伝説の剣帝の剣筋と、その威圧感を。ドゥームだけならまだしも、ティタニアがその気ならリサは逃げることなど不可能と知っていたので、硬直する以外に取れる行動がなかった。

 だがティタニアの険しい顔は、ドゥームに対して向けられていた。



続く

次回投稿は、2/25(日)9:00です。

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