戦争と平和、その122~統一武術大会二回戦、ジェイクvsミルネー②~
二人は挑発し合っていたわりに、冷静に対峙した。得物は共に剣。ただ、ミルネーの剣は幅広で、刀身もジェイクのものより頭一つ分ほども長い。打ち合えば、同じ木製なのだからジェイクが不利になるだろう。一気呵成に打ち合いに持ち込めば、ミルネー有利のはずだった。
そのことは素人目にも明らかだが、彼らの戦いを別の視点から見守る者達もいた。イェーガーから離れたところにいたリサだ。
「ジェイク・・・」
リサはジェイクの級友たちに気を使い、一人離れたところで観戦をしていた。ルナティカはレイファンの護衛に残しているため、珍しく単独行動をしている。人ごみが激しいとはいえ、リサはむしろセンサーの能力を活かして他人に触れずに群衆の間を動くことができる。ただ、人が多いのは非常に疲れるので、貴賓席の一つをアルネリアに申し出て借りていた。
貴賓席ともなると外に護衛もついているのだが、その席にて不意にリサは隣に立つ気配を感じ取った。覚えのあるその気配は、人懐こくも勘に障る口調でリサに話しかけてきた。
「リサちゃん、久しぶり~」
「・・・ドゥームですか」
リサが苛立ちを露わに、そして焦りを悟られないように返事をした。懐の丸薬に手をかけ、いつでも身体能力を強制的に上げて離脱できるように構える。だがドゥームの方には殺気はおろか、敵意や邪気すら感じられなかった。
それが証拠とでも言わんばかりに、手の平を広げて交戦の意志がないことを示している。もちろんその行為に何の意味もないことは、リサも承知しているのだが。
「そう警戒しないで。この大会中は、何も手出しするつもりはないよ」
「では何用ですか? 用がないならさっさと自殺して、塵に返ってくれませんか? ああ、死んで大地に還ろうものなら大地の方が迷惑でしょうから、きっちり世界の端っこで自殺してくださいね?」
「うわぁ、容赦ない言葉をありがとう。そんなところがいいんだけど。でも僕としては、ミルネーの仕上がりが気になってね。まさかここでジェイクと戦うとは思わなかったけど、運命のいたずらってすごいよね」
「ミルネーに関わっているのですか?」
想像していなかったつながりに、リサも驚きを隠せない。ドゥームは闘技場を見下ろしながら、感慨深げに呟いた。
「彼女と知り合ったのは、まったくの偶然さ。色々参考にならないかと、ターラムの闇市や娼館に忍んでいたことがあってね。彼女がいたのは、ターラムでもかなり劣悪な娼館だ。娼婦の命や健康になんておかまいなし、客の要望は『なんでも』叶える裏の娼館。中には拷問や殺人まで許容することまである、ね。
人間ってのは凄い想像力の生き物だね。僕でもあそこまでできないっていう遊びが沢山あったよ。娼婦の悲鳴で合唱ができないかと試みた客の話なんだけどね――」
「話が逸れていますよ。下世話な話はどうでもいいので、要点をかいつまんで話しなさい。できなければ、死になさい」
リサの辛辣な言葉に、ドゥームは心底残念そうだった。
「ここからがいいところなんだけどねぇ。まぁ、そんな娼館だから処世術に長けていたり、長く働いているのは特殊な訓練を受けた娼婦たちなわけさ。そんなところに借金にかたに売られた、世間知らずの女傭兵。どうなるかなんて、火を見るより明らかだね?
まぁボロ雑巾のように壊され、ショックで髪色や人相が変わるまで責められ、動かなくなったから捨てられているところに僕はたどり着いたんだ。まぁ壊れていく様をこっそり観察していたのは、本人には内緒ね?」
「・・・で?」
「ほっときゃ死んだだろうね。そのまま死なせようかと思ったんだけど、『言い残すことはあるかい?』って聞いた時、ミルネーの奴なんて言ったと思う? 『アルフィリースのせいだ・・・魂だけになったら好都合だ、殺しに行ってやる』だぜ?
こんな目にあったのはどう考えても自分のせいだと思うし、年経ない悪霊なんて簡単に返り討ちだと思うんだけど、その逆恨みぶりが気に入ってね。助けてあげたわけさ」
「なるほど。悪霊であるあなたが助けたということは、ミルネーにとってはさらなる悪夢の始まりですね。で、今彼女は『何』なのです?」
リサの言葉に、ドゥームがニヤリと笑った。
「さすが理解が早くて助かるよ。彼女は処置を施した段階で、もう死出の路に片足を突っ込んでいた。彼女は僕と逆で、四分の一ほどが悪霊で、残りが人間さ。ただし、残った人間の部分にも手を加えた。
彼女は悪霊でもあり、人間でもあり、同時に魔王でもある、ってところかな。さて、ジェイクはどう戦うかな?」
ドゥームが再度見下ろすと、ミルネーがジェイクに斬り込んでいた。アルネリアの剣は、基本的に守りを最初に教わる。ジェイクはその通りに剣を構えたが、ミルネーの剣を受けると、その重さに思わず膝をつくところだった。
「(人間の女の力か、これ?)」
ジェイクは踏ん張るのはやめて、力を受け流してミルネーの体勢を崩した。そしてミルネーの腹を蹴って、その場から脱出したが、足に残る感触は鉄板でも蹴ったかのように固い。
ミルネーは袖の長い服を着ているが、決して厚着ではない。筋肉を蹴った感触が、そのまま足に伝わったはずだ。
「筋肉ダルマか? どれだけ鍛えたんだ、それ!」
「妙齢の女性に向かって失礼な。戦士として必要な分だけだ」
「いやいや、過剰だろそれは!」
ミルネーの剣を受けるのではなく、剣を添えて受け流すジェイク。受けていては木剣がもたないと、瞬時に判断した。
アルネリアで数多の腕利きと打ち合うジェイクにしてみれば、ミルネーの剣を捌くことは技術的には容易い。だが一度でも受け損なえば、木剣とはいえ脳天を割られるだろう。もはや競技会とはいえないほどの緊張感をジェイクは感じていた。
ジェイクは一度距離をとり、ミルネーの射程外に脱出した。攻撃に転じるための間を取ったのだが、ミルネーはその状況を自分が押していると受け取った。
「臆したか?」
「・・・さあ、どうかな?」
ジェイクはミルネーに違和感を覚える。技術は未熟なのに、身体能力だけが突出して高い。剣の技術が、身体能力に追いついていないのだ。まるでちぐはぐな目の前の女傭兵の存在が不気味に思え、いち早く決着をつけるべきだと感じていた。
ジェイクの想像では、ミルネーは剣技は基本がまるでなってないので、受けに回させれば一方的に攻め立てる光景が思い描けていた。それはおおよそ合っている。だがジェイクの想像しないミルネーの能力があった。
ミルネーは一歩踏み出すと、間合いの外から無造作に剣を振った。ジェイクは虚を突かれたが、反射的に後方に飛んでいた。そして着地したジェイクの額から、血がつうっと流れ出たのである。
続く
次回投稿は、2/23(金)9:00です。