戦争と平和、その121~統一武術大会二回戦、ジェイクvsミルネー①~
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本戦2回戦、競技場に登ってきたのはジェイクである。
「ジェイクー! 頑張れよー!」
「ジェイク君! 頑張ってー!」
ジェイクが統一武術大会本戦に出場することは既にラスカルたちも告げていたが、彼ら以外にも、ジェイクの活躍を聞き及んだ級友、周辺騎士団で関わった者、神殿騎士団の仲間など、ジェイクの関係者が数多く彼に声援を送っていた。その中には、イェーガーの面々も含まれている。
ジェイクはリサと付き合う過程で、イェーガーにも時折出入りする。そういった最中、当然のようにイェーガーにも顔見知りはできていた。元々遠慮しない性格である。年上の傭兵だろうが、臆しないその態度は割と気に入られていた。
そんな応援団を見ながら、従騎士であるギャスが改めて驚いていた。
「わかっちゃいたが、あいつ友達多いのな」
「ふん、当然ですわ。弱きを助け、強きをくじく。彼は騎士の見本のような少年ですから」
「じゃあ、大貴族の令嬢であるあんたも挫かれる側ってことか」
「は、はぁ? そんな馬鹿な、ですわ! ・・・そんなことありませんよね?」
デュートヒルデが周囲に同意を求めたが、意地悪くラスカルが口笛を吹いたので、傍目にも可哀想なくらいデュートヒルデが狼狽した。それを見たギャスが面白そうに、くっくと忍び笑いを漏らしている。
「いや、悪かった。ちょいとからかっただけだ。あいつが学友をくじくような真似はしないだろ。だって、イイ奴だもんな」
「そ、その通りですわ! さすがジェイクさんの従騎士、わかっていらっしゃる」
「まぁな」
ギャスが従騎士としてアルネリアに来てからそれなりに時間が経った。今ではジェイクの人となりも交友関係もあらかた把握しているが、ギャスの知りうる限り、実に気分の良い人間の集まりだった。ジェイクの性格がそうさせているのだろうが、ジェイクの歩む先と周囲に光が満ちてくる。そんな印象をギャスは得ている。
今までターラムで欺瞞と裏切りに満ちた生活をしていた自分はなんだったのかと、ギャスは自嘲せざるをえなかった。もちろん貧困がそうさせているのもわかってはいたが、この差がどこから来るのか、そしてどうすればなくなるのかを考えるのが、今では自分の使命だとすらギャスは考え始めている。
同時に、光の強く当たる場所にいるジェイクだからこそ、濃くなるはずの影から彼を護ることが仕事なのだと考えるようになった。どんな場所にでも、成功する者を妬んだり、足を引っ張る者はいる。その可能性を見出し、ギャスが先に潰すことでジェイクはより有意義に過ごすことができるだろう。
ジェイクがそういった手合いに対応できないわけではないと、ギャスも思う。だが時間と労力を割くのが馬鹿馬鹿しいだろうし、ジェイクもまた汚れ仕事を引き受ける役割の人間が傍に必要だと感じていた。ジェイクがはっきりとギャスに告げたわけではないが、ギャスは無言のうちに自分の役割を理解し、果たしていた。
そういった意味では現在一番の理解者は、仕事の上ではリサよりもギャスなのだろう。ギャスもまたジェイクの傍にいることが多いことで、他にはないジェイクの特徴を感じ取るようになっていた。
「(ジェイクは、人間が相手の時はいたって普通の騎士だ。だが魔物が相手になった途端、戦い方が苛烈になる。神殿騎士団ではジェイクのことを、聖騎士の特性持ちだとか思っているようだが――俺の調べた限りでは聖騎士ってのは悪霊特化の戦闘特性だ。だがジェイクのそれは、通常の魔物相手にも発揮されているように見える。
ジェイクもまた気付いているようだが、自己制御はできていない。とにかく、力の発露が不安定なのが怖いな。強敵と出会った時に力が発揮できなければ、死んでしまう。逆に、条件が揃えば、まさかないとは思うが級友相手の練習でも力が発揮されることもあるかもしれない。
そうなれば非常に危険だが、果たしてジェイクの周囲や上司は何か考えているのかね?)」
ギャスの懸念は的を得ていた。ミリアザールもまた、ジェイクの力を見極めたくて今回の武術大会に登録させたのだ。一つにはジェイクの対人間の強さがどのくらいなのか。さらに生死の境目でなくとも、追い詰められれば力は発揮されるのか。様々な意味で、ジェイクは非常に注目される立場にいた。
そして、勝てばアルフィリースと当たる。アルフィリース相手にどのような戦い方をするのか、それもまた今からミリアザールなどは気にかけていたのだったが。当のジェイクは目の前の対戦相手に、嫌な予感を覚えていた。
「(この人・・・人間、だよな?)」
対戦相手はミルネー。かつてイェーガーに志願し、アルフィリースが直接解雇を言い渡した人間だった。
傭兵団は条件が合わなければ辞めるのも自由だし、解雇になることもままある。それに、アルフィリースが解雇した相手も当然ミルネーに留まらない。問題を起こして解雇になった者、自ら去った者は多数いたが、「将来問題を起こしそうな者」として排除されたのはミルネーだけだった。エクラも最初はアルフィリースは懐疑的に考えていたが、エクラに対しては過激な手段を取ったとはいえ、自らを律してまた反省も修正もするが、ミルネーにはそれがなく、また彼女にそれだけの時間をかけるつもりもなかった。
ミルネーはそれを恨みに思って行動したが、一度アルフィリースに戦場で負け、以後数々の仕事で失敗して傭兵としての評判は失墜した。その後借金のかたにターラムの娼館に送られ、しかも病を患ってさらに悪条件の娼館に送られ、挙句ドゥームに拾われるという、最悪な顛末を辿ったのである。
ミルネーはドゥームの『処置』により、回復どころか以前よりも遥かに強い力を得たが、その代償として髪の一部は色を失い、目は片方が白く濁り、皮膚は副作用で一部が醜くただれていた。だがミルネーは歪みつつも歪まない。アルフィリースに対する強い憎しみ、それだけがミルネーを支えているのだ。
ミルネーもエーリュアレ同様アルフィリースに強い恨みを抱く者であるが、エーリュアレと決定的に違う点は、アルフィリースに関わる者全てを不幸にしたいと強く願っている点である。ジェイクの応援団にイェーガーの関係者らしき者がいることを確認すると、ミルネーは目の前に立って共に審判の注意事項を聞くジェイクを、仇と見るかのような目つきで睨んだ。
ジェイクの背筋に悪寒が走ったが、それは尋常ならぬ殺気を受けての悪寒ではないと、本能が告げていた。
「・・・? あんたは――」
「貴様にあんた呼ばわりされる言われはない。こちらの方が年上だ。敬語を使え、小僧」
「悪いな、元々年上にもこんな口調だ。それよりあんた、目が血走ってるぞ? 寝不足か?」
ジェイクはミルネーに対する単なる疑問をぶつけたのだが、どうやら挑発と受け取られたようだ。ミルネーの額に青筋が浮かぶと、その口元がニイッと歪められた。
「楽しめそうだ、小僧。せいぜい良い悲鳴を上げてくれ?」
「悲鳴を上げるのも、上げさせるのも御免だな。さっさと勝って、次に行くだけだ」
その言葉を最後に一度距離をとる二人。そして審判の合図がなされた。
続く
次回投稿は、2/21(水)9:00です。