戦争と平和、その120~統一武術大会、試合後のエーリュアレ~
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「くそっ、くそおっ!」
エーリュアレは自分の宿舎の部屋に引き上げると、目に入る物を片端から蹴飛ばし、ぶち投げ、破壊した。部屋には防音の魔術が敷いてあるため、多少暴れてもその音が漏れることはない。
エーリュアレが感情のままに暴れ、破壊できるものがなくなったところでようやく彼女は止まっていた。肩で息をするエーリュアレを見ながら、パンドラは煙草を取り出してふかしていた。
「落ち着きな、嬢ちゃん」
「これが落ち着いていられるか!」
エーリュアレが割れた花瓶をパンドラに向かって投げつけたが、パンドラはひょいとそれを避けた。エーリュアレが投げた後に右肩を押さえてうずくまる。それもそうだろう、脱臼した肩をはめたとはいえ、その後ろくに治療も受けずに会場を後にしたのだ。怒りで我を忘れていたのだろうが、本来なら痛みで右肩を上げることすら不可能なはずだ。
パンドラは煙をゆっくりと吹きだすと、蹲って呻くエーリュアレに向けて冷静に話しかけた。
「しょうがねぇさ。あの女傭兵は人間にしては相当に強い。体捌きでもおそらく並みの獣人を遥かに凌ぎ、その上あの格闘術。それにあいつに取りついているのは、古代の魔物の類だな。下手すると大魔王級かもしれねぇ。
嬢ちゃんがいかに手練れだろうが、本来人間が単体で戦う相手じゃない。それに頭も切れる。戦いの経験でも負けている。現時点では勝てる要素はなかったろうさ」
「うるさい! 前回は私の方が有利だった。ずっと私は鍛錬を欠かしていないし、実戦にも積極的に参加してきた。どうして引けをとるんだ!
それに貴様、私の体を勝手に操ったな? どういうつもりだ!」
パンドラの窘めるような言葉にも食って掛かるエーリュアレに、パンドラがため息をついた。
「・・・確かに嬢ちゃんの体を勝手に操ったことは悪かったさ。だがあの力は嬢ちゃんが将来得られる可能性の一つだ。俺の力は、あくまでその本人の全力を引き出すものだからな。嬢ちゃんの努力次第で、あれくらいの戦いができるようになる可能性は十分にあるんだ」
「どういうことだ?」
「それを嬢ちゃんに説明したかったんだがな、残念ながら時間切れだ。嬢ちゃんに最後に助言だ。アルフィリースには『勝ち方』を考えろ。あの子は運命に愛されていると言うより、呪われている。これから常に、大きな戦いのど真ん中にいることになるはずだ。いかに戦いに身を置こうと、あれほどの血塗られた人生は歩めない。普通のことをやっても嬢ちゃんが勝つことはないだろうし、勝っちゃあいけないんだよ。戦いの技術ってのは、より過酷な環境に身を置いた方が延びていく。そういう意味では、アルフィリースほど成長する人間はこれから先出ないだろうよ。
いいか、嬢ちゃん。どこで勝つか、そして何に耳を傾けるか、だぜ? 冷静な行動と判断を忘れるなよ?」
「待て、そんな中途半端な説明――」
エーリュアレが何かを言いかけた時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「エーリュアレ、いるか? 敗退したのなら、引き上げるように命令が出ている。パンドラがいるなら我々が預かる」
「まて、女子部門にも参加している。まだ終わりではないし、それにアルネリアからの要請もあるのだろう。パンドラのことも私に一任されているはずだ」
エーリュアレは反論したが、扉の向こうからは冷ややかな答えがあった。
「お前は寝ぼけているのか? 統一武術大会など我々にはお遊びだ、アルネリアの要請も形がこなせればよい。お前が統一武術大会で勝ち抜けるとは思っていない。パンドラのことは最初からイングヴィル様が考えている。
本戦が16人まで絞られれば、天覧試合に切り替わる。そうなればレーヴァンティンもお披露目されるとの情報があった。その隙を見てパンドラを近づければよい。それ以上の策があるのか?」
もっともな説明だったがエーリュアレは信頼されていなかったことを知り、幻滅と同時にかっとなったが、先ほどのパンドラの言葉を思い出し、大きく息を吐いた。現実的にイングヴィルの命令とあれば、どのみち従わねばなるまい。それ以上にどのような命令が下されているのか、具体的に知る必要があると考えた。
そして部屋の扉を開けると、外には征伐部隊の魔術士が複数名いた。彼らは音もなくするりと部屋に入ると、部屋を見渡す。
「まずは話を聞こう。イングヴィル様の具体的な命令は?」
「イングヴィル様ではなく、フーミルネ様からの命令だ」
「どういうことだ?」
「それも話すが、パンドラはどこだ?」
「パンドラならそこのテーブルの上に――」
エーリュアレはそこまで言いかけて、パンドラの姿形が既にないことに気がついた。よくしゃべる遺物の箱は、その姿も声もが幻であったかのように、何の痕跡もなく姿を消していたのだった。
続く
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