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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その119~統一武術大会二回戦、アルフィリースvsエーリュアレ③~

 そして戦いの場ではアルフィリースがエーリュアレを見下ろしていた。激痛に悶えるエーリュアレに対し、アルフィリースが冷ややかに言い放つ。


「降参しなさい。その腕ではまともに戦えないわ」

「誰が、貴様なんかに!」

「はぁ、どうしたものかしらね。左腕ももらおうかしら」


 アルフィリースが一歩踏み出した瞬間、パンドラが不意に割り込んできた。


「しょうがねぇな。嬢ちゃん、ちょっと選手交代だ。痛いかもしれんが我慢しな」


 今まではエーリュアレにしか聞こえない声だったが、アルフィリースにもしっかりと聞こえたようだ。アルフィリースはそれが誰の声かは理解できなかったが、エーリュアレの瞳が驚きに満ち、その直後瞳が一瞬死んだように沈むと、右肩を地面にぶつけて強引に外れた肩をはめていた。

 エーリュアレの表情が苦悶に歪んだが、その口から声が発せられることはない。そしてエーリュアレの体がゆらりと立ち上がると、今までの拳を構える戦い方から、全身脱力した自然体の構えに変化していたのである。

 アルフィリースはその変化を一瞬で感じ取り、一歩後退した。


「あなたは誰? その体を乗っ取ったの?」

「乗っ取ったってのとはちょっと違うな。体を借りて動かしているだけで、嬢ちゃんの意識はあるぜ? 

 俺はパンドラってケチな遺物だが、ゆえあってこの嬢ちゃんにくっついて行動しているんだ。勝負に横やりを入れるのは好きじゃねぇが、この嬢ちゃんに教えたい戦い方があるのと、個人的にあんたに興味があるのさ。ちょいと付き合ってもらうぜ?」


 ゆらりとエーリュアレの体が揺れると、アルフィリースは思わず防御の姿勢をとった。殺気ではないが、非常に危険な空気を感じ取っていた。反撃を狙おうにも、自然体の構えでは次の手が読めない。

 そしてアルフィリースの本能通り、早いわけでもないのにエーリュアレの体が眼前に突然現れた。あっさりと間合いに入られたことにも驚くが、咄嗟の防御でアルフィリースが体の前で交差した腕の上に、エーリュアレの拳がとん、と置かれる。

 その直後、アルフィリースは巨大な丸太で殴られたかのような強烈な衝撃を受け、闘技場の半分近くも吹き飛んだ。脚を踏ん張らなかったのが幸いしたが、もし踏ん張っていたら背中まで突き抜ける衝撃に、胃の中身を全て逆流させていただろう。

 くの字に体が折れ曲がり、一撃で膝が笑う衝撃に、アルフィリースの脳内では危険信号が鳴らされていた。


「ぐぅ・・・動け、ない」

「(アルフィ、代われ! こちらも選手交代だ!)」


 影の声が頭に響くと、半ば強制的にアルフィリースと後退した。意識が交代したことで、影は体を強制的に動かして、次の一撃を身をよじって躱す。顎先を丁度パンドラの蹴りが通過し、顎先にできた傷から血が滴る。

 避けたアルフィリースを見て、パンドラが笑った。


「ははっ、やはりもう一人いたか。そうじゃないかと思っていたんだ。人間にしちゃあ、ちょっと体術にしろ武術にしろ、優れ過ぎていると思ったんだ」

「貴様、何者だ? ただの意志ある遺物ではないな?」

「それはさておき、時間もないんだ。今は戦おうぜ?」


 声と同時に、一気に加速したパンドラが踏み込む。先ほどとは全く違う踏み込みの速度と連撃に影も虚を突かれるが、そこは戦闘経験の多彩さから全て捌ききる。

 パンドラの「ヒュウ」というどこか楽しそうな声と共に、軌道も重さも全て異なる拳が飛んでくる。影もまたこれを全て捌くが、どうしても後手にならざるをえない。その最中右の三連撃を捌いた直後、影が気付いたのは左手の掌底に込められた気。それに気を引かれると同時に、パンドラの足がアルフィリースの足を払い、体勢を崩す。


「――ッ!」

「その体勢で捌けるかぁ?」


 受ければそのまま吹き飛ばす。後方に飛べば遠当てになるのでどのみちあたる。横に避けても少しでもかすれば、体勢を崩した状態ではやはり吹き飛ぶ。咄嗟に影は判断する。避けるのではなく、受け流しながらの反撃しかないと。

 右腕でパンドラの攻撃を流しながら、攻撃による衝撃を自身の左拳に伝える。左拳をパンドラに当てたところで、互いに吹き飛んだ。吹き飛ぶ距離はほぼ互角、影はパンドラの攻撃の半分の威力を相手に返還することに成功していた。


「くそっ、半分しか返せなかったか!」


 影が舌打ちする。本来なら全て相手の攻撃を吸収、反射するのにそれができなかった。闘技場ぎりぎりで互いが踏ん張ったが、アルフィリースの右長袖部分が衝撃で吹き飛んでいた。対するパンドラも、左拳が当たった場所の衣服がねじ切れていた。

 互いに顔を見合わせて薄く笑うと、仕切りなおそうと一歩を踏みだす。だがその瞬間、審判が試合終了を宣告した。


「それまで! 的の全損から一定時間が経過したことにより、勝者アルフィリース!」

「ちっ、もう時間か。まぁこんなもんかな」


 パンドラが残念そうに、その場から去って行く。その背後から影が声をかけた。


「お前、どこかで戦ったことがあるか?」

「さぁねぇ。ただ昔はこんな戦いを繰り返していた気がするね。よく覚えちゃあいないが、アルフィリースって娘からはなんだか懐かしい匂いがしたと思ったものでね。エーリュアレの嬢ちゃんには悪いが、体を借りて出張った甲斐があったってもんだ」

「・・・」

「しっくりしねぇって顔だなぁ。後でお邪魔するから、ゆっくり話そうぜ。レーヴァンティンやレメゲートの件も交えてな」

「!」


 エーリュアレの体を操ったままのパンドラは片手をひらひらさせながら、観客の歓声に応えてその場を去って行く。最後の言葉に衝撃を受けたが、影は体の使用をアルフィリースに戻しながら、呟いた。


「(・・・すまなかったな、突然出てきて)」

「そうね。でも、判断としてはよかったと思うわ。あの左手の掌底、私だったら防げていたかどうか。いえ、きっと無理かな」

「(私にしても一か八かの返し方だったが、あいつは勝敗を覆すつもりじゃなかった。喰らっていても、時間切れでお前の勝利だったさ。場外ならあの短気なお嬢さんの溜飲は多少下がったかもしれなかったがな。単にお前と、それに私の存在を察して手合せがしたかったのだろう。後で聞きたいことが山ほどあるがな)」

「ええ。パンドラ、か。味方なのかしらね」


 アルフィリースの素朴な疑問に、影は答えることができなかった。なぜなら、古代から生きる多様な影の知識の中にも、パンドラという遺物の存在はなかったのだから。



続く

次回投稿は、2/17(土)10:00です。

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