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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その117~統一武術大会二回戦、アルフィリースvsエーリュアレ①~

***


「どこに行っていた、パンドラ」

「・・・ちょっとな」


 エーリュアレが戦いの準備をしていると、パンドラがひょっこりと姿を出した。次の戦いは、エーリュアレにとっての怨敵アルフィリース。一度手合せ程度に戦いはしたが、魔術なしとはいえ一対一で本格的に戦うのはこれが初めてとなる。

 魔術士としてはついでの戦いにも関わらず怨敵に巡り合うとはなんたる行幸かとエーリュアレは感嘆したが、試合とあっては殺すことができない。だが考えようによってはアルフィリースを公衆の面前で打ち据える好機チャンスでもある。

 だが暗い笑いを漏らすことのあるエーリュアレを、パンドラはことあるごとに戒めていた。復讐も結構だが、魔術士としての本分を見失うようなことはするなと。確かに一番成し遂げることは家系への失われた信頼の回復であり、そのことを見失ってはいないつもりだった。そのせいか、当初はうっとうしいと思っていたパンドラの助言だったが、耳につくその口調を思い出すとエーリュアレは比較的冷静な試合前の準備を行うことができていた。

 必要以上に鼓動も早くないし、試合の局面もアルフィリースが使うと予測される武器への対策も、冷静に考えることができることをエーリュアレは自覚する。エーリュアレは鉄面皮ながらも内心ではパンドラに感謝し、戦いの前には礼の一つも言おうと考えていた。だがそのパンドラの姿が見えず、やや不安を覚え始めたところに当のパンドラがととぼとぼと歩いて帰ってきたのである。

 そのパンドラだが、箱ゆえに表情なるものは存在しないが、饒舌な舌がすっかりなりを潜めていた。いつもなら必ず冗談を挨拶代わりに言うのに、それすらなく無口のままである。エーリュアレはパンドラをそってしておこうと考えたが、どうにも調子が狂うし、不安な気持ちが大きくなると試合に集中できないような気がして、思わずエーリュアレは手の甲にバンドを巻く準備の手を止めてパンドラに声をかけてしまっていた。


「どうしたパンドラ、嫌なことでもあったのか?」

「・・・嫌なこと、ね。面白い問いかけをする嬢ちゃんだ。箱の俺にどんな嫌なことがあるってんだい? 手足が短いことはいつも嫌だと思っているが、人間のような手足があればそれはそれで気色悪いだろ?」

「冗談が言えるほどには気力があるようだが、それこそ馬鹿な問いかけだ。式獣でもなく自我があるなら、体が箱だとて嫌なことくらいあるだろう。だが私には箱にどんな悩みがあるかわからんが・・・そうだな、大切な物を入れようとしたら、大きすぎて入らなかったとか?」


 エーリュアレの言葉にパンドラが答えあぐねていると、エーリュアレは顔を赤くしてフイと向こうを向いてしまった。それが照れ隠しだと気付くと、パンドラは思わず笑わざるをえなかった。


「嬢ちゃん、まさか冗談を言ったのか?」

「・・・下手な冗談で悪かったな」

「いやいや、いい傾向だ。ちょっとばかし嬢ちゃんは固すぎると考えていたからな。そのくらいでちょうどいいんだ。闇の派閥にいるからって、顔まで辛気臭くなる必要はないからな」

「ふん、面白みのない性格なのは生まれつきだ。それよりどこに行っていた? それにどうやって帰って来たんだ? 誰かに見られたらどうする」


 パンドラは真実を話すわけにもいかなかったが、他者を心配するエーリュアレの成長を嬉しく思っていた。


「昔馴染みがいてな、ちょっと会ってきたのさ」

「お前と同じような遺物か?」

「ちょっと違うが、まあそんなようなものだ。意外と人間世界に溶け込んでいる仲間は多いんだぜ?」

「そういうのを回収する部隊も魔術協会にはあるはずなんだがな。まぁ辺境や南の大森林にいれば回収も難しかろうが、こんな都市部にもいるのは驚きだな。あるいは部門の怠慢かもしれんが。で、どうやって帰って来たんだ?」

「途中までは鳥さんに運んでもらったさ。美人な鳥だったからちょいと容姿を褒めたんだが、どうやら既婚者だったらしくてな。怒らせちまったぜ。まぁ加えて重いって言われて落っことされたから、途中からは歩きだがな」


 鳥に運ばれ、機嫌を損ねてパンドラを想像して、呆れかえるエーリュアレ。だがパンドラは調子が戻って来たのか、饒舌に話し続ける。


「箱が魔術士としゃべっていても使い魔程度にしか思われないだろうが、さすがに独り歩きしていると妙に思われるだろうからな。人が来たらただの箱の振りをして、人気がない時に歩いて帰って来たのさ。普通だろ?」

「・・・私も魔術士として人の世の理の外に体を置く身分だからな。何が普通かは自信がないが、よくそれでゴミ箱に捨てられなかったものだ」

「なあに、聞けば潜入工作員も箱の下に隠れるのは常套手段らしいじゃねぇの。俺は人の視線には敏感だぜ? 現に今も、ほれ」


 パンドラがエーリュアレの注意を外に向けさせると、周囲の闘技者たちがエーリュアレとパンドラの方を見ていた。さすがにパンドラという箱と話す女性は目立っていることに、今気付いたのだ。

 エーリュアレが気恥ずかしそうにパンドラの蓋を押さえると、そこで彼女の名前が係りの者から呼ばれた。


「エーリュアレ殿、出番です」

「わかった」


 エーリュアレは一瞬で気持ちを切り替えると、試合場に向かう。その背後でパンドラは自分の姿を縮小し、中から糸を取り出すとエーリュアレのベルトに絡ませてぶら下がった。


「おい、何をする?」

「嬢ちゃんがそこまで恨む相手の女ってのが気になってな、間近で観戦したいじゃないの。係りに聞かれたら、武器だとして登録でもしておけばいいさ。どうせ嬢ちゃんは徒手空拳だろ?」

「それはそうだが・・・邪魔だけはするなよ?」

「アイアイサー」


 軽薄なパンドラの行動と返事にエーリュアレは先が思いやられたが、今更外すのも面倒だし、重さも感じないのでそのままにした。

 そして競技場に出ると、大きな歓声と、反対側から出てくるアルフィリースが目に入った。エーリュアレはぎり、と歯ぎしりしたが、まずはアルフィリースの得物を確認しようとした。多様な武器を使い分けることで知られるアルフィリースは、エーリュアレの知っている限りでも剣、鞭、手斧、棒術を使用する。そのどれに対しても対抗できるように訓練と予測をしてきたが、出てきたアルフィリースは何も手に持っていなかった。



続く


次回投稿は、2/13(火)10:00です。

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