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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その116~統一武術大会二回戦、試合前~

***


 ――同時刻――


 本戦二回戦を前に、闘技者が会場に集結していた。開始の時間は早朝の試合の者達のみに知らされるものの、詳しい会場は当日まで不明であり、また通達がない者は自分の出番の確認のために一度会場前に来る必要があった。

 あるいは会議に出席している使節にはそちらにも通達が届くので、全員が会場前に集結するわけではない。また本戦は会議の進行も考慮して、少々の遅刻程度で試合が無効となるわけではないので、繰り上げで試合が始まる時もある。

 そのため本戦に残った闘技者は、どのみち自分に割り振られた会場周辺をたむろすることになる。

 カラツェル騎兵隊、赤騎士メルクリードもその一人である。彼は必要以上に他人と接することはなく、それは騎兵隊の中でも同様だった。戦場ともなれば騎兵隊の誰よりも勇猛に戦場を駆けるが、祝勝会などではその小さな背丈もあいまって、いつもどこにいるのか気付かれないことすら多々あるほどだ。

 自分に割り振られた会場の前、腰ほどの高さの石に腰かけ静かに瞑想するメルクリード。大会でシードが割り振られている戦士であるにも関わらず、誰にも話しかけられることもなく、静かに自らの出番を待っていた。むしろ、平民の服を着てうつむき加減で座っている少年のような背丈の男が、それほど凄まじい戦士であると誰も考えないだけかもしれない。

 メルクリードは瞑想をしながら、北方に残してきた仲間のことを考える。


「(ここは人が多いな・・・だから騒がしいのは苦手だと言っているのに、オーダインのやつめ。確かに交渉事では私の出番はないが、代わりに統一武術大会に出ろなどと。ロクソノアかゴートでも寄越しておけばいいのだ。

 所詮、国家間の平和的な代理戦争。傭兵の我々が活躍したところで、何も世の中が変わりはしない)」


 メルクリードは団長であるオーダイン=ハルヴィンを恨んだが、確かな読みをもつ団長の指示はいつも的確だ。メルクリードの知る限り、戦場でもそれ以外でもオーダインの指示が外れたことはない。

 歴代団長は凄まじい騎士だったが、今の団長は少し毛色が違う。優れた騎士であることは違いないのだが、予知にも近いほどの読みのよさで団の勢力を拡大している。騎兵隊の性質上露骨な拡充はできないが、現在の団の規模は歴代最大となった。

 メルクリードの知る限り、オーダインがいる戦場では負けたことがない。だから団長がいない戦いで、緑騎士ウーズナムが死亡したことは、団に暗い影を落とすと同時に、その雰囲気を引き締めた。以後騎兵たちは部隊が別々に動くことなく、少なくとも黒の魔術士なる一件が片付くまでは共に動くことになった。

 そんな決め事をしたにも関わらず、今回単独で自分を派遣するとは。逆にそれだけこの武術大会が重要だと、彼の勘が告げたのかもしれない。


「(君は別格だから――か。まぁ単独行動しても何か私の身に起きるとは思えないが、あまり目立ちすぎるのもどうかと思うな。一回戦のタジボなる竜人は強かった。まさか一回戦から竜人が相手になるとは思わなかったが、少々目立ちすぎたな。適当なところで理由をつけて棄権するか、負けた方がよさそうだ。もし私が本気を出すようなことがあれば――)」

「相手が誰だろうが、優勝してしまうから、かな?」


 メルクリードは背後に立つ人物がいることに気付き、ぞくり、と総毛立った。瞑想中とはいえ、背後に立たれた経験などほとんどない。それに思考を読まれたと感じ、いやおうなく不気味な感覚にとらわれた。

 だが同時に、この気配には心当たりがある。知っているわけではない、「心当たり」があるのだ。

 メルクリードが振り返った時、肌の浅黒い端正な顔立ちの青年が目の前にいた。その顔に覚えはないが、何者かは本能が告げていた。


「お前、いやあなたは――」

「レトーアだ。初めまして、今はメルクリードと名乗っているのかな。それとも真名で呼んだ方がいいかい? ダイ――」

「よしていただこうか。その言葉であなたが誰かはわかったつもりだ。私は平伏した方がいいのかな?」

「いや、結構だ。かしづくのもかしづかれるのも苦手でね。少し話ができるかい?」

「出番はしばし先だ。少し歩くとしよう」


 レトーアとメルクリードは連れ立って歩き出した。そして歩きながら、周囲に人がいなくなったのを確認し、レトーアが切り出した。


「君のような人物がまだいるとはね。カラツェル騎兵隊は長いのかい?」

「ああ。つかず離れず、見守るのが私の役目だ。それが初代団長との約束だからな」

「では君の主は」

「とうに死んでいるが、約束は私が望んだものだ。後悔はしていないから余計なことはしてくれるな。

 それに歴代の団長達も優れた騎士であり人間だ。こんな役割も中々に面白いと思っている」


 静かに語るメルクリードの表情は穏やかである。その表情にレトーアは満足した。


「納得できているのなら、それはいいことだ。君の主に会ってみたかった」

「――不器用な男だった。後世には英雄譚ばかりが残ったが、そんなに英雄的な人物ではなかった。頭はよくなかったし、戦う才能もお世辞にも優れていたとはいえなかった。だが、目の前で理不尽に奪われる一つの命すら見過ごせないようなお人よしだった。そのためなら自分の命をどれだけ削ろうとも、自分の出しうる限界を遥かに超えて戦う男だった。

 そんな背中に惹かれて、あいつを死なせてはいけない、あいつを護らなくてはいけない――そうして集まったのがカラツェル騎兵隊の最初の面子だ。誰よりも戦いが嫌いで、結果として誰よりも戦場に身を置いた奴は、今も語り継がれる武功と英雄譚を残し逝ってしまった。もう少し長生きしてほしかったが、満足な死に顔だったよ。

 真似事ができないかと挑戦してみたこともあったが、どうやっても無理だ。あれほど周囲を奮い立たせる戦い方をする男の真似はできない。ただ激しく戦えばいいというものでもないのだからな。人間というものは難しい」

「そうだね。人間というものは、いつの時代も不思議なものだ」


 どこか遠くを見つめる二人。二人が見つめる光景はきっと別のものだったろうが、同じような思いを共有していたのかもしれない。

 そしてメルクリードが先に我に帰ると、レトーアに質問した。


「――さて、あなたのような存在が私の前に現れたということは、何かただならぬことがあるのではないか? 私の行動理念に反しない限り、協力しようとは思うが」

「そう言ってくれれば助かる。実はこの大会、君に優勝してほしいんだ」

「? どういうことだ?」

「いや、正確にはイェーガーか、あるいは君に優勝してほしい。今回の優勝賞品として出ているレーヴァンティン、あれを他人に渡すわけにはいかない。ましてや黒の魔術士に関わりのありそうな者には。

 あの魔剣の役割は、ただ良く斬れる剣というわけではないのだ。あの剣は――」

「興味あるな、その話。俺にも聞かせろよ」


 二人が歩いていた場所にある木の上から声がした。人の気配を感じていなかった二人は思わず身構えたが、上からはひょいっと黒い箱が降りてきた。小さな体に短い手足を器用に使いこなし、箱はくるりと回転して岩の上に降り立ったのである。



続く

次回投稿は、2/11(日)10:00です。

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