戦争と平和、その114~会議五日目、早朝②~
「これで三度目の訪問かしらね。私も通ってみたかったわ」
「はぁ、フェンナ様が学生ですか。ちょっと年齢が過ぎてはいませんか? 教官の方がよろしいかと存じますが」
「そうか、その手があったわね。学生だけじゃなくて、教官や臨時講師でも受け入れてもらえないかしら。弓技部門でシーカーの誰かが優勝したら、そう願い出てみるのもいいわね」
「弓技部門の決勝は今日午後でしたね。フェンナ様も決勝まで残っていらしたでしょう?」
アミルの言葉に、フェンナが指を立てて説明する。
「ええ、シーカーからは私、オーリ、シャーギン殿下ね。それにエアリアルと、他に二人の人間かしら。6名で決勝戦らしいの」
「一定の距離から的を射抜くだけでは、一日続けても勝負がつかないでしょうね。どのような方式で決勝を戦うのでしょうか」
「決着がつかないようなら、方式の変更を願い出てみるのもいいかと思うわ・・・と、朝早いわりに、人が多いみたいね」
フェンナが指さした先には既にグローリアの正門が見えていたが、そこには多数の人間がたむろしていた。恰好から察するに学生はいないようだが、ただならぬことがあったことはフェンナにも察せられる。
そこにおいて、マスカレイドは初めて我に返った。昨日の出来事を考えれば、グローリアが厳戒態勢に入っていてもおかしくはない。何があったかをフェンナに隠す必要もなかったが、自分の表情の変化から何か悟られる可能性があることをマスカレイドは懸念していた。
興味をひかれたフェンナが近寄ると、そこには神殿騎士団を思しき者が10人以上ひしめていた。物々しい気配だったが、フェンナはためらわず彼らに話しかける。
「すみません。シーカーのフェンナですが、何かあったのですか?」
「・・・? なぜここにシーカーが?」
「私が対処しましょう。皆さんは奥へ」
こちらを不審な目で見つめる騎士を遮った声に、マスカレイドの心臓は早鐘を打ち始めた。まさか、どうしてその声が。マスカレイドの全身から冷や汗が吹き出し始め、ゆっくりと目を上げた時に、マスカレイドは信じられない者を見た。
「シーカーのフェンナ姫ですね? 現在我々は取り込んでおりまして、緊急のご用件以外は――」
「ど、どうしてお前が――」
足元が突然溶けたような感覚を覚え、マスカレイドの意識は遠のいた。精神的に追い詰められていたこともあったかもしれないが、安堵したその虚を突かれたのだ。マスカレイドでさえ、そんな可能性は微塵も考えていなかった。
そう、昨日殺したはずのハミッテが生きているなどということは。
***
「・・・はっ!?」
マスカレイドは悪夢から目覚めた。何の夢だったかは覚えていないが、すぐに起きなければ致命的になることだけは理解した夢だった。そして一息つく間もなく、現実もまた悪夢だということを思い知らされる。
「大丈夫ですか?」
「ひっ!?」
起きた目の前にはハミッテの顔があったのだ。悪夢がまだ続いているのかと、マスカレイドは再度目覚めようと必死に目を瞑った。だが一向にめざめる気配はなく、マスカレイドはこれが現実だと嫌でも思い知った。
そんなマスカレイドの様子を見て、ハミッテは少し悲しそうにため息をついた。
「やれやれ、介抱した相手に怯えられるとは。私が何かしましたか?」
「な、何かしましたかだと? わ、私にあれだけのことを言っておいて何をいまさら」
「? 私はあなたと初対面ですが? 何をわけのわからないことを」
「とぼけるのもたいがいに――」
そこまで言ってはっとした。ハミッテは心底不思議そうな顔をしており、この場所にはハミッテと自分の二人しかいないことにマスカレイドは気付いたのだ。ハミッテが自分に嘘をつく理由が思い当らない。
マスカレイドはおそるおそる尋ねた。
「あの・・・介抱してもらってありがとうございます。疲労とおかしな夢で気が動転していたようですので、今の言葉は忘れてください」
「そうですか。見た目にも疲労が濃いようですから、そういうこともあるかもしれませんね。フェンナ姫も心配していました。この後は予定通りの行動だけど、体調が戻ってから追いかけてきてほしいとのことです。貴女が戻るまでは、一人でなんとかするともおっしゃておいででした」
「一人じゃどうにもならないでしょうに・・・すみません、すぐに後を追わなくてはならないので、ここでお暇します。後日お礼に上がりますので、お名前を窺っても?」
「グローリアの救護教官ハミッテと申します。以後お見知りおきを」
笑顔で挨拶するハミッテを見て、マスカレイドは化かされたような気分になってその場を後にした。とにかくこの場から離れないと、いつまた目を回すかもわからなかった。
そしてその直後、マスカレイドの正面に立つ男に気付いていた。
続く
次回投稿は、2/7(水)10:00です。