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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その112~会議四日目、夜④~

「あ~あ、やってもうたんか。えらいことしてくれたなぁ?」

「お、お前は?」


 マスカレイドが振り返ると、そこには背の高い男が困ったような表情で立っていた。服装を見る限りアルネリアの僧兵だろうとマスカレイドは予測をつけたが、この場での図抜けた態度といい、只者ではないことは間違いない。

 男はマスカレイドと、ハミッテの死体を交互に見ると、困ったように頭をかいた。そしてハミッテの死体を担ぎ、マスカレイドの首根っこを引っつかむと、そのままずるずると引き摺っていった。不思議なことに、地面に飛び散った血の痕は端から消えていった。何かしらの魔術を男が行使しているのだろうが、マスカレイドは見たこともなかった。


「とりあえず移動や、この状況を口無しどもに見られるのはまずい。あんさん、ちょっと大胆すぎるわ。こんだけ口無し共がおるなかで仕掛けるとはなぁ。もうちょっと人気のないとこで頼むわ、ホンマに」

「な、なにをする? 何者だ、お前は」

「巡礼のブランディオや。これから嫌でもよろしゅうすることになるやろうな」


 ブランディオは簡単に挨拶をすると、教官室の地下の扉を開けた。カラミティを倒したとはいえ、虫たちは健在のはずだとマスカレイドは身を固くする。むしろカラミティの管理下にないのなら、暴走していてもおかしくない。

 だがブランディオはさっさとハミッテをかついで階段を進むと、マスカレイドもついてくるように促す。下に降りてブランディオが灯りをともすと、その場には無数の虫の死骸があった。生きている虫は一匹もいないようだ。

 虫の潰れた嫌な臭いが充満する地下に、マスカレイドが顔をしかめた。


「うっ・・・これは」

「さすがに数が多くてなぁ、全部処分するのに手間取ったわ。そのせいで地上のいざこざに間に合わんかった。頼まれた仕事ちゃうけど、まぁワイの失態やな。せやからワイとしても秘密にしてときたいんやわ」

「失態だと?」


 失態とブランディオは評価したが、これだけの虫と戦ってもなお無傷にしか見えない。しかも戦いの気配などを感じることもなかった。マスカレイドはブランディオなる男の戦闘力を恐れたが、ブランディオの要件はどうやら剣呑としたものではなさそうで、殺気などなくただ困惑している様子だった。

 ブランディオは再度頭をかくと、マスカレイドを立たせて困惑顔になった。


「さて、どうしたもんかいな・・・」

「私を殺すのか?」


 マスカレイドは念のため尋ねたが、想像通りブランディオは首を横に振った。


「いや、それはない。あんさんを殺す理由がないわ」

「貴様の仲間を殺したのにか?」

「仲間ねぇ。ぶっちゃけハミッテの戦闘力や能力は惜しいんやけど、情念が暴走気味でどうやって首輪をつけたもんか考えてたんや。やけど首輪をつけるのも監視するのも面倒やし、いないならいないでそれは構わん。ワイらにとってハミッテは必須の存在ではないんよ。

 ただハミッテにしろあんさんにしろ、消してまうとその後の言い訳が難しい。知っとるか? 人がいなくなった時に、一番困るのはその理由をどうでっちあげるかや。戦地ならともかく、こういう都市部では容易に人は消せん。あんさんもヒドゥンの工作員ならそれはわかっとるやろ?」


 ブランディオの指摘通りだった。対象を消す時は、暗殺行為そのものよりも、後始末の方が大変なことがある。相手が社会的に地位が大きければなおさらだ。


「それは確かにそうだが、私の正体を?」

「ああ。ハミッテは内緒にしたがっとったが、ワイは当然把握しとる。というか、ハミッテがあんさんの存在を内密にして、こそこそ裏で何かしようとしとったから監視しとったんや。それでこんなに早く対応できたんやけど、カラミティがこんだけ大胆に襲撃をかけるとは予想外やったかな。それともあんさんがそうさせたか?」


 ブランディオに睨まれてマスカレイドは少し怯んだが、肯定も否定もしなかった。ブランディオは再び困った顔になったが、やがて何かに気付いたのかちょっと驚いた顔になり、マスカレイドの方に向き直った。


「――ふむ。あんさん、もうええわ。さっさと自宅に帰りや。ハミッテのことはこちらで処理しとく。あんさんを引き留めても何もええことなさそうや」

「は? 何の処分も制約もなしか?」

「阿保抜かせ。どのみち誰にも何にも言えないのはあんさんも同じや。ワイの名前を出したところで何も状況は変わらんし、まさかハミッテを殺したのは私です、なんてこと誰に言うつもりや? もう制限は充分に受け取るやろうし、ハミッテだけでも処分に困るのにこれ以上案件抱えてどないするよ。むしろワイとしてはやな、あんさんがそのままの方が利用価値があると踏んだんよ」

「わからんな。お前は実力から考えてもアルネリア内でもかなり上位の立場なのだろう? それがアルネリアに敵対する不穏分子を取り込むつもりか?」


 マスカレイドは自ら何を言っているのかという気分になったが、ブランディオは逆に笑っていた。


「不穏分子の一つや二つ増えたところで、アルネリアの屋台骨に影響あらへんよ。あんたこそアルネリアを舐めすぎや、そんなことでアルネリアが瓦解するかいな。

 むしろあんたがいた方が、あんたと連絡を取ろうとする黒の魔術士たちが群がってこんかと思うんやな。まぁ囮っちゅうことやけど、生きているだけでもあんたはワイらにとって有益や。

 あんた表向きの役目はフェンナの補佐やろ? せいぜいシーカーの役に立ってあげてや。明日もシーカーとして、アルネリア以外の土地に生活可能かどうか、いくつかの国と交渉するんやろ?」

「・・・ふん、仕事は真面目にやっているさ。シーカーの生存を考えるということは、我々スコナーにとっても有益だからな。せいぜい利用させてもらう」

「シーカーがあんたの言う通りにしか動かんような、殊勝な連中ならええけどな。舐めとったら火傷するでぇ?」


 ブランディオがからかうように言ったが、マスカレイドは何も応えなかった。去り際にブランディオは自分への連絡手段をマスカレイドに教え、その場でマスカレイドを見送っていた。この脱出路からアルネリアへの地下水路につながる。誰にも見られることなく、マスカレイドは自宅に帰ることが可能だろう。

 そして確実に誰もいなくなった後、ブランディオは自分の背後にいた人物に話しかける。


「これでええんでっしゃろ? 指示通りにしましたけど、むしろマスカレイドをハミッテに化けさせても面白いような気がしましたが」

「――」

「はぁ、ルドルは確かに懸念材料ですなぁ。あの女の妊娠がばれたら、確かにハミッテに化けるのは無理がありますか。それより、ハミッテの死体はどないします?」

「――」

「え? そんなことできるんでっか? そりゃあそれが一番ワイは楽ですけど。死霊術で動かすのも一苦労なんで、やってもらえるんならそれが一番ですわ」

「――?」

「ああ。死霊術の場合、細かい応答なんかは近くにいないと修正できませんからね。え? ワイがなんで死霊術を使えるかって? そんなん言われても、学んだらできてもうたんですから、ええですやんか。

 ――はぁ、節操なくてすみません。どっちにしても、明日マスカレイドは腰抜かしますやろなぁ。一言教えとけばよかったですかね?」

「――、――」

「ワイの主は冷たいですなぁ。どっちにしてもマスカレイドは使い潰される運命ですか。ほんまに可哀想な女ですなぁ」


 ブランディオはこの後マスカレイドにロクな運命が待っていないことを想像するとその行く末に同情し、簡単にではあるが、思わず彼には珍しい祈りの格好をとったのだった。



続く

次回投稿は、2/3(土)10:00です。

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