戦争と平和、その110~会議四日目、夜②~
一方でハミッテは教員室に逃げ込こみ、脱出路の封を解いていた。だがそこを開けて用水路に通じる地下に灯りを向けた瞬間、地下にはびこる大量の虫たちに気付く。虫たちが突然の灯りに気付き、ざわりとこちらに寄って来た段階でハミッテは勢いよく脱出路の扉を閉めていた。
「まさか地下も塞いでいるなんて・・・これじゃあ脱出できない!」
ハミッテは走っている最中に気付いたが、グローリアを囲む壁の上空には既に虫が大量に飛行していた。脱出するにしても、壁を飛び越えることは不可能だろう。地下が唯一の脱出路だったのだが、それももはや無理となった。
ハミッテは考える。
「これだけ虫がいるのなら、異常に誰か気付くかもしれない。だけどいつ気付くかもわからない。ならばこの場であの三体を倒すつもりでやるしかない。だけど、念のため保険だけはかけておくべきね」
ハミッテはそう決意すると、ある場所に向かった。
一方、カラミティたちはゆっくりと学園内を探索していた。既に周囲は包囲したし、しらみつぶしにした方がより確実に仕留められると考えていた。マスカレイドを脅かす者とはいえ、たかが学園の教員。三人で分散した捜索した方が早いと考えた。
そしてそのうちの髪の短い個体が、「救護室」と書かれた部屋に入っていく。中は暗かったが、カーテンの向こうに動く気配を察したカラミティは無言で虫を発射した。だが一瞬で四散したカーテンの向こうには、ハミッテの上着を着た藁人形がいただけだった。
思わずカラミティが近寄ってその姿を確かめる。
「傀儡? いえ、これは?」
藁人形からはもうもうと煙が上がる。それと同時に天井や床から突然粉塵が上がり、同時に入り口が閉じられた。
「何!?」
カラミティが異常に気付いた時は遅かった。藁人形の中に小さな火種が点いたかと思うと、部屋全体が爆発した。
轟音と燃え盛る炎の中から火だるまになったカラミティが出てきたところを、ハミッテは巨大な手裏剣を投げつけたその首を切断した。生きているだけでも驚きだが、首を落とされた個体はさすがに炎の中から起き上がってくるようなことはなかった。
藁人形を操っていた指の糸をはずすと、ハミッテは呟いた。
「まず一体、イプスの技も使えるわね。今のは虫を撃ちだす種類の個体かしら」
ハミッテはその場をすぐに去ったが、その場に他のカラミティが二体とも駆けつけてくる。
「馬鹿な! これは何?」
「まさかやられた? なんてこと、ここまで大胆な手を使うなんて」
カラミティたちは焦った。いかに学園周囲に人の気配がないとはいえ、これほどの爆発があればさすがに誰かが聞きつけるだろう。誰が来ようとも排除すればいいだけかもしれないが、一人でも殺し損ねると厄介なことになる。
カラミティたちは屈辱を覚えながらも、その場から撤退することにした。そして髪の短い個体が振り返った瞬間、廊下の四方八方から苦無が何十本も飛んできたのだ。
「舐めるな!」
カラミティがそのほとんどを弾いたが、何本かの苦無は体の表面に刺さる。戦闘時は外表も硬化しているカラミティに対して、ただの飛び道具は致命傷とならない。だがあらかた叩き落としたと安心したカラミティだが、直後に前後の床がカラミティを挟み込むように持ち上がり、左右の壁を含めて四方に魔法陣が浮かび上がる。
「あっ・・・」
カラミティが脱出することを考える間に、四方から《圧搾大気》が発射された。体の表面に突き刺さっていた何本もの苦無が、カラミティの体の中にめり込んでいく。
「ギッ・・・この程度」
それでも致命傷とならなかったカラミティの頭上から、再度粉末が大量に落ちてきた。そこに火をともした苦無が刺さり、再度大爆発を起こした。
残った一体が叫ぶ。
「なんですってぇ!?」
「同じ手に二度もかかるなんて、油断したわね」
残った髪の長いカラミティの背後から、ゆっくりとハミッテが現れる。その表情を憎悪の表情で見るカラミティ。先ほどまでの美しい容姿はどこにもなく、邪悪な存在としての本性があらわになっていた。
ハミッテはその表情を向けられても、冷静に残ったカラミティを見据えていた。
「私を包囲したつもりかもしれないけど、この学園内は戦場になることを想定して作られたものよ。アルネリアは元前線だったのよ? ここはその時の砦の名残。ただの学園の壁にしてはいやに高いと思わなかったかしら? 飛んで火にいる夏の虫とはこのことね」
「馬鹿な、私たちが三人そろっていて追い詰められることがあるなんて・・・これでも200年熟成個体よ? 貴様は何者だ?」
「何年熟成ものか知らないけど、実戦経験が足らないのではないかしら? 私もこう見えて最高教主を補佐する梔子候補だった女。簡単にはやられないわよ」
「ふん、人間風情が偉そうに!」
そのまま長い髪のカラミティと近接距離でにらみ合うハミッテ。その周囲にはいつの間にか大量の虫が集まってきている。
だがハミッテはそれらに気を配ることはなく、ただ本体の方に注意を向けた。ハミッテが動いた瞬間、周囲の虫たちが一斉に襲い掛かってきたが、ハミッテはなおも踏み込んだ。そして距離を詰めると、爆発する虫たちはやはりそれ以上近寄ってこず、直接的に攻撃する虫だけが仕掛けてきた。
ハミッテの読み通りである。
「(やはり。自分が巻き込まれる可能性を考えて仕掛けてこなかったな? 自ら応戦しないあたり、近接戦は苦手な個体と見た!)」
ハミッテはなおも接近戦で勝負をかける。カラミティはそれらをなんとかかわしながら空からの地面からも地虫を差し向けるが、ハミッテは素晴らしい体術でそれらをかわしていく。
カラミティにとって予想外の出来事である。ここまで相手が手練れだとは予想していなかった。せいぜい深緑宮に使える神殿騎士より、ひょっとすれば強いかもしれないくらいの認識でいた。それでも三人がかりという万全な体勢で乗り込んだつもりだったが、すでに手駒を二体も失っている。これ以上の損失は避けねばならなかったが、ハミッテの読み通り近接戦闘にもちこまれた段階で、既に不利だったのである。
「(認めなければならないわ。損害もなしに勝てる相手ではないことを。この個体を使い潰すとしても、ここで仕留めるべきか!)」
そうカラミティ決意して踏み込み返そうとした瞬間、カラミティは足を「炎」にとられていた。意志を持つかのように手の形に変形した炎が、カラミティの足を掴んでいたのである。
想像外の出来事に動揺するも、周囲にいた爆散する虫を一斉にハミッテに向けたが、それも炎が小さく無数の矢となり、全ての虫を射抜きハミッテに到達する前に爆破した。そして爆炎を突っ切って突撃するは二刀に構えたハミッテ。カラミティがハミッテに向けて呪いの言葉を吐く前に、ハミッテの高速の剣技がきらめいた。
カラミティは憤怒の表情のまま、八つ裂きになった。その亡骸に炎が群がると、跡形もなく焼き尽くす。ハミッテは記憶を読めればと考えたが、この化け物が死んだふりでもしている可能性を考えると、とてもではないがそんなことはできなかった。情報源としてはもったいなかったが、やむをえないと判断して諦めた。
そしてカラミティを仕留めたハミッテの周囲には、口無したちが何人か集まっていた。ハミッテは襲撃を受けてから、まずはグローリアにおける襲撃を知らせるため深緑宮に合図をしていた。いざという時には、グローリアの鐘楼台に灯がともる。それに反応した口無したちはグローリアに急行し、そして途中で爆発音を聞いたのである。
そして楓を先頭に、交戦するハミッテにぎりぎり間に合ったのだった。
続く
次回投稿は、1/30(火)11:00です。