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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その109~会議四日目、夜①~

 だがハミッテもさるもの。騎士が抜剣するよりも早くその顎を蹴りあげ、もう一人の喉元には苦無が深々と突き刺さっていた。なおも前進しようとする騎士に、ハミッテの短刀がいち早くきらめいた。

 騎士が抜剣を丁度行った体勢で止まる。その瞬間、二人の首からは血が迸った。ハミッテが騎士たちの手足の腱を斬ると同時に、頸動脈を正確に断ってみせた。崩れ落ちる騎士を他所に、ハミッテはその場を脱兎のごとく逃げ出していた。

 間違いなく騎士は操られていた。では誰に操られたか。このアルネリアで可能性がありそうな存在をハミッテは想起し、もっとも恐ろしい可能性を考えた。カラミティである。

 アルネリアの見立てでは、カラミティの本体が来ているのではないかという予想があった。ブランディオが教えてくれた情報だが、ブランディオ自身も知ったところでどうにもならないと言っていた。せいぜい虫に体を支配されないようという忠告のつもりだろう。

 そもそもハミッテが今回の会議において何らかの注目を浴びるようなことはないだろうし、ハミッテ自身も目立つ動きをするつもりもなかった。ここではなく、また別のところで出番があるだろうと考えていたのだが、狙われる理由はすぐに思い当った。


「(マスカレイドのことか・・・私とのつながりがばれたか? いえ、あるいはマスカレイドもまた不要になった? どのみち、あの女を生かしておくのは危険になってきたわね。ここを出たら始末しに行くべきね)」


 ハミッテはそんなことを考えながら、グローリアの裏口に向けて全力で走っていた。この時間は裏口しか開いていないが、そこにいる守衛はどうしているのだろうかとふと思い、裏口がもう少しで見える廊下で思わず足を止めて様子を窺った。そっと裏口を盗み見ると、そこには背が高く、ブルネットの長い髪を揺らした美しい女が立っていた。

 彼女は微笑みながら守衛と話していたが、その守衛の口から百足のようなものがずるりと這い出たのを確認すると、すでに学園内は占拠されたのだと理解した。そしてあの女がカラミティ、もしくは分体だと。

 女がハミッテの気配に気付いたのか、守衛と会話をしながら横目でハミッテのいる場所をぎろりと睨んだ。その目があまりに無機質で獰猛で、巨大な蟷螂に睨まれた気分になったハミッテは、その場を全力で逃げ出していた。


「(他の出口は・・・正門はだめだ。夜間は厳重に封鎖され、魔術処理まで施されている。いつぞやの魔獣やサイレンスの人形と考えられる一件以来、特に強化されていて強引な突破は時間がかかりすぎる。守衛二名以上の開錠が必要だし、そもそもその守衛が無事だという保障もない。

 となると、あとは緊急の脱出路になるか。教員室から地下に通じる道があったはずだわ。久しく使われていないだろうけど、それに賭けるしかない)」


 ハミッテは全速力で走った。カラミティをまくために廊下を小刻みに曲がっているし、後を付いてくることは不可能だと考えていた。だから、前から虫が飛んできたとき、思わず前転して転がるように避けたことが、思わぬ幸運だった。

 虫はハミッテの上で爆発した。全速力のまま転がったせいで、ハミッテは虫たちの爆発を直接的には避けることができた。小規模の爆発系の魔術ほどの威力があったが、まさか爆発する虫なのかとハミッテが驚く。避けられたのは幸運に過ぎないが、幸運に感謝すると共に、自分の居場所を知られたことに気付く。

 そして再度教員室に向かおうと起き上がったハミッテの30歩ほど前に、今度は髪の短い女が立ちはだかった。髪の長さが違うだけで、先ほどの女と顔は同じ造り。双子かと思われるほどに似通ったその美しい顔が、月明かりの中嗜虐に歪むと、すうっと手がハミッテに向けてかざされる。

 八重の森での虫たちとの戦闘記録を、ハミッテは思い出した。ジェイクからの報告にも目を通したし、どんな攻撃が来るかは想像がつく。ハミッテは横っ飛びで窓を突き破って中庭に脱出すると、その直後に背後にあった壁に無数の穴が開いていた。


「(散弾か! ぎりぎりで避けるという発想は通用しないわね)」


 ハミッテが中庭を突き抜けて反対側の廊下に行こうとすると、頭上から殺気を感じた。咄嗟に右手を庭木にかけて方向転換。その直後、頭上から突撃槍スピアが地面に突き刺さる。右手を突撃槍に変形させた三人目の女が、刺さった槍の上に座っていた。


「(また同じ顔――)」


 ハミッテはそんなことをどうでもいいと考えながら、今度は肩口くらいの髪の長さの女を見ることもなく、走り去った。女は自分の腕を変形させた槍をしならせると、その反動でハミッテのいた方向に飛んできた。残った左腕を大鎌に変形させ、ハミッテごと一面を薙ぎ払う。

 中庭の一部は上半分が寂しい光景となったが、その中にハミッテの死体が転がっていないことに気付くカラミティ。手ごたえがあったかに感じたが、どうやら身代わりだったようだ。校舎に続く扉がキイキイと音をたてて揺れていた。

 他の二体が追いついてきて、三体のカラミティが合流した。


「逃げられたの? 油断したわね」

「あなたが罠をもっと広域に張っていれば、逃げられることはなかったわ」

「今来たばかりじゃ、そこまで仕込むのには時間が足りるわけないでしょ。学園の周囲一帯に虫を配置するだけでも結構な時間が必要だったのよ? 無茶言わないで」

「そんなことより追いましょう。逃げられると厄介だし、思ったよりも腕が立つわ。マスカレイドがいいようにされるのも無理はないでしょう」

「ええ、だけど逃げ場はこの学園内にないわ。我々がそれほど甘くないことを、今頃思い知っているでしょうね」


 三体のカラミティは互いに残酷な笑みを浮かべながら頷くと、ハミッテの後を追った。



続く

次回投稿は、1/28(日)11:00です。

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