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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その107~統一武術大会本戦一回戦④~

 しっかりとした歩調で歩き、タジボを睨み据えたメルクリード。だが服はかなりの部分が燃え、風船は一つも残っていない。それでもぱんぱんと火の粉を払いながら、ゆっくりとメルクリードは審判の背後に配置している予備の武器を取りに行くと、調子を確かめるように頭上で回した。


「ここの職人は良い仕事をする。同じ木製の槍だが、形だけでなく重心まで同じように作ってあるのか。さて、残り時間はどうだ審判?」


 審判は無言で砂時計を示した。残りは7割もないだろう。


「ふむ。本気の槍はオーダインには使わないと言ったのだが、しょうがないな。覚悟しろ、竜人」

「今更何を」


 タジボが構えたが、今度はメルクリードの構えが違っていた。腰を落とし、槍の柄を上げるようにして構えに反応した者が、会場に何人もいた。


「あれは、カサラギ流?」

「騎士用の槍の構えを、なぜ傭兵が」

「カラツェル騎兵隊には元貴族も多いと聞く。奴も元正規の騎士なのではないか」


 会場にいた騎士たちがそんな話をしたが、構えたメルクリードから繰り出された三段突きは、ほぼ同時にタジボに襲い掛かり、その槍を弾いた。あまりの速度に、光ったようにしかタジボには見えない。

 突く、薙ぐ、払うの連撃がほぼ同時に飛んでくる。あまりの槍捌きに、タジボは防戦すらままならない。そして槍が巻き上げられたかと思うと、タジボの体が宙に浮いた。人間の倍以上ある体重が、ふわりと宙に浮いたのだ。


「げっ、なんで!?」

「重心さえ崩せば、相手がいかに重かろうとこんなものだ。ぬん!」


 メルクリードの何撃かもわからない攻撃が一斉にタジボに襲い掛かり、全身の風船が割られてかつタジボは吹き飛ばされて場外となった。あまりの早業に審判すら唖然としたので、メルクリードが顎で審判を促す。砂時計は落ち切っておらず、我に返った審判によってオーダイン(メルクリード)の勝利が宣言された。

 会場が絶技に揺れていた。そして槍技を知る騎士たちは、メルクリードが少なくとも三種類にわたる流派の技を今使用したことについて、議論をしていた。


「なぜだ? なぜあれほどの技術がありながら、今年の槍部門に登場していない?」

「しかも三流派、どれも皆伝級の実力だ。あれほどの槍騎士がいれば、どこかの御前試合で有名になるだろうに」

「では野の出自なのか? ありえん、一種類ならともかく、三種類の槍技を極めることができる者など――」


 騎士たちが勝手な想像を巡らせていたが、メルクリードはそしらぬ顔で引き上げていた。ラインはそんな騎士のやりとりを近くで聞いていたのだが、ラインにもメルクリードの強さは異次元に映っていた。

 そして現在の時間に戻る。タジボはたしかに負けたことでふさぎ込んでいたが、逆に明るい部分もあった。ラインがタジボの背中を叩く。


「勝ちを目前に負けた割には、明るそうだな?」

「そりゃあそうでしょう。会場が盛り上がったのはいいことだし、それでこそ人間の世界に出てきた甲斐があろうってなもんです。槍の技術がまだまだ上達することがわかっただけでも、収穫はありですよ」

「槍の技術といえば、もう一人すげぇのがいたよな? ありゃあ団長のとこのシードじゃなかったか?」

「ガンダルス将軍か? 確かにあれは相当な戦士だが」


 ラインはガンダルスの戦いを見たことがある。傭兵として参加した小競り合いで、彼の方天戟の扱いを見たのだ。力もそうだが技術も相当で、戦うために生まれてきたような武人だった。50を超える年齢となったはずだが、いまだに最前線にいるのもよくわかる、強健な戦士だった。

 だがガンダルスの戦いを見ていたという仲間は、首を横に振った。


「違うんですよ、副長。ガンダルスが負けたんです」

「はぁ? あのおっさんは優勝近くまで勝ち上がったこともある戦士だぞ? 誰がやったんだ?」

「蛮族――だよな、あれ?」

「ああ、多分な。肌の色が褐色だったしな」


 別の傭兵が答え、ラインは質問した。


「お前、色んな傭兵団に雇われたことがあるって言ってたよな? そんな女に覚えがあるか?」

「いえ、全く聞いたこともありませんね。見たこともない魔獣の皮に身を包んだ、槍をもった女でした。最初からガンダルスが防戦一方で、10呼吸ももたなかったんじゃないですか? 最後は気絶させられて、人の手を借りて退場していました」

「――勝ち上がると、四回戦で私ですね」


 静かに杯を傾けていたウィクトリエが呟いた。どうやらウィクトリエも気にしていたのだろう。アルフィリースと戦いたいとも言っていたが、普段傭兵たちに稽古をつけるウィクトリエを見ていると、下手をすると優勝も狙えるのではないかと周囲は思っている。

 傭兵十数人を相手にしながら、息一つ切らさないウィクトリエ。彼女の正体を正確に知る者は少ないが、誰もが只者ではないことを知っている。

 だが本人は謙虚に、静かに語った。


「アルフィリースと戦うところまでは負けたくありませんので、明日にでも試合を見に行けたらよいのですが。それよりアルフィリースの試合はどうでしたか?」

「なんとか勝ったわ」


 アルフィリースがウィクトリエの席にやってきた。手には食事を持っているところをみると、どうやら先ほどイェーガーに帰って来たらしい。

 相手はサティラという、エルシアを倒した傭兵だった。ギルドで調べれば、ミュラーの鉄鋼兵の隊長である。両手に盾と、手斧で戦う戦士だった。



続く

次回投稿は、1/24(水)11:00です。

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