戦争と平和、その106~統一武術大会本戦一回戦③~
「竜人と戦うのは久しぶりだな」
「その涼しい顔を引きつらせてやりましょう!」
タジボの三段突きをメルクリードが躱す。間髪入れず繰り出される払いをメルクリードはひらりと避けたが、タジボの猛攻は苛烈さを増しながら続く。タジボの攻勢に合わせ、観客も歓声で盛り上げる。
タジボの猛攻にメルクリードの風船が二つ割れた。歓声が上がり、一度息の切れたタジボが距離をとった。メルクリードが割れた風船を確認するが、その表情は涼しいままに見えた。
「その顔、まだ余裕がありますってこと?」
「涼しい顔に見えるか? とんでもない、こう見えて滾っている方だ。無表情なのは元々だ」
「顔色くらい変えなさいよ、ってね!」
息を整えたタジボがさらに猛攻をかけ、さらにメルクリードの風船が一つ割れた。観客の歓声は一層大きくなり、タジボの攻撃も苛烈になる。
だがタジボはメルクリードがいっさい反撃してこないことを不気味に思っていた。そしてメルクリードが、じっと自分を観察していることに気付いていた。
「(あ、まずい。呼吸を見られた)」
メルクリードの狙いに気付いたタジボは、攻勢が息継ぎで切れる瞬間、防御に転じた。案の定、タジボの攻勢の終わりを狙って、ほとんど予備動作なしの突きが繰り出された。
手首の捻りだけで繰り出されたその突きは、タジボが受けて後方に吹き飛ぶくらいの威力があった。並の人間よりは二回りほど大きく、体重にいたっては倍近い竜人の体格である。防御体勢だったとはいえ、そのタジボを一撃で吹き飛ばし、なおかつ手まで痺れさせるとはどのような重さの一撃なのか。
一撃で流れを変えたメルクリードに、観客が唸る。
「どうした? 青ざめて見えるが?」
「はっ、冗談!」
「お前の呼吸はつかんだ。ではそろそろこちらから行こうか」
メルクリードの何気ない払い。槍どうしでは間合いが長いため、いなしたり躱してから踏み込むよりも、まず受けることが基本になる。少なくともタジボはそう教わっていたが、メルクリードの払いは一撃が重たく、タジボですら体勢を崩しかける。
メルクリードの攻撃は一つ一つが速くはないが、重かった。そして遠すぎず近すぎず、絶妙な間から放たれるその攻撃は、タジボに受ける以外の選択肢を与えない。面白みはないが、確実に相手を仕留める戦い方に、タジボはこのままでは負けることを悟った。
「(なら、いちかばちか)」
メルクリードが突きを放った瞬間、タジボは受けるふりをしてメルクリードの槍を脇に抱え込んだ。だがメルクリードもまたタジボの槍を逸らし、互いに決め手がないかと思われた。
互いに息のかかる間合いで睨みあった瞬間、タジボの口の中が赤く輝くのをメルクリードは見たのである。
「!」
「くらえっ!」
タジボは至近距離からメルクリード向かって火を吹いた。と、同時にとびのき、距離をとったのである。闘技場の半分近くが炎に包まれ、メルクリードの姿はその中に消えた。唐突な事態に観客からは悲鳴が起こったが、同時にタジボに対する非難も沸き起こった。
「反則だ!」
「魔術じゃないのか?」
「こんなの武術大会じゃない!」
「火を吹いちゃいけねぇなんて規則がどこにある? 俺は竜だからな! 魔術を使わなくとも、火くらい吹けるぜ! それとも審判! 俺は失格かい?」
「む・・・」
審判は一瞬判断に悩み本部席にいるアノルンをちらりと見たが、アノルンは小さく頷いただけである。審判はそれを見て続行の合図を出し、観客席からは歓声と悲鳴が同時に巻き起こっていた。
「死んでないよな・・・?」
タジボは風船だけを燃やすために加減して火を吹いたが、さすがにかなりの火傷は免れない。アルネリアの魔術もあるからまさかこれしきで死んだりするとは思えなかったが、呼吸はできないはずなので、そろそろ出てきてもよい頃だ。
その時、炎がゆらりと揺れて人影が出てきたが、それはタジボの想像を超えていた。なんとそこから出てきたメルクリードには、焦げ跡一つついていなかったのだ。
続く
次回投稿は、1/22(月)11:00です。