戦争と平和、その105~統一武術大会本戦一回戦②~
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結果から行くと、本戦初日のイェーガーは大勝だった。
ライン、ウィクトリエ、ロゼッタ、エアリアル、ヴェン、ルナティカ、エメラルドは実力により相手を圧倒。ヤオ、セイト、ダロン、ドロシーあたりも、時間をかけながら勝ち上がった。またレイヤーが相手の棄権で勝ち上がったが、それを冷やかそうと仲間が待ち受けたが本人は一瞬だけ顔を出して、その後いつの間にかいなくなっていた。
主だった仲間で負けたのは、獣人のガウス、レオニード。それに隊長格のヴァント、フローレンシア、そして竜人のタジボ。ガウスの相手は、まさかの獣将チェリオだった。
通常予選通過者と本戦からの競技者が一回戦で当たるが、人数が不均衡となった場合、予選勝者同士で戦うこともある。ドライアンの許可なくこっそりと使節団についてきたチェリオは予選を勝ち抜き、不運なガウスと当たった。ガウスは相手が獣将であることに委縮したが、それでも懸命に戦うも、やはり戦闘経験が違った。獣将の中で一、二の俊敏性を誇るチェリオに触れることもままならず、あっさりと敗退した。
またレオニードは第6シードである、格闘家バスケスとの戦いだった。イェーガー所属の中では最も強い腕力を誇るレオニードだが、バスケスの前に全て空回りした。一撃も当てることなく、最後は場外に押し出された。全てで圧倒し、最後は相手の得意分野でも勝利するというバスケスの戦いぶりにレオニードは感心もしたが、それ以上に落ち込んでいた。獣人でありながら腕力でも負けたことが余程衝撃だったのか、独り食堂の隅でひたすら酒を煽っていた。
指揮能力でも力を発揮するA級傭兵のヴァントだが、本戦一回戦の相手はルイだった。さすがに格が違ったか、一つだけ風船を割ることには成功したが、あえなく敗北となった。
また中隊長まで昇格したフローレンシアは、ある意味では因縁の相手だった。フローレンシアと同じ国の出身であり、前回女性部門で優勝している第8シード。魔法剣士ティーロッサ、通称『紫陽花の君』である。本領は魔術を発揮しての戦いだそうだが、剣技だけでも優勝するほどの腕前であり、ディオーレさえいなければ大陸一の女性騎士として君臨すると言われる女傑である。フローレンシアの目標でもある女騎士だったが、こちらも善戦するもさすがに勝利とまではいかず敗北となった。
そしてタジボの試合は見物だった。この日、もっとも盛り上がった戦いの一つであったことは間違いない。タジボはいつも明るく周りを盛り上げる性格だが、この日ばかりは何やら考え事をしながら静かに酒を飲んでいる。
ラインがその横にどっかと無遠慮に座った。
「よう、タジボ。すっぱり負けたな?」
「副長、見てたんですか?」
「ああ。組み合わせ表で確認して、ご愁傷さまと思ってな。どんな負けっぷりになるのか見に行った」
「ひでぇな。最初から負けると思ってたんですか?」
「そりゃあそうだ。オーダインってのはそれだけ、俺達傭兵の中では抜群の知名度を持つんだよ。俺でも名前負けしそうだからな」
ラインの言葉に周囲が笑った。
「隊長の図太さでそれなら、勝ち目がねぇですぜ」
「だろう? だからタジボが気落ちする必要なんざ、まるでないのさ」
「あれが本当にオーダインだったら、それでもよかったかもしれないんですがね」
「――まぁな」
ラインは曖昧な返事をした。ラインはオーダインの顔を知らないが、人に聞くオーダインの特徴とは違っていたのは気付いていた。事実、会場の盛り上がりでどれほどの観客に聞こえたのはわからないが、審判は彼がオーダインではないと告げていた。
もちろん対戦相手のタジボは全てを聞いていた。相手が高名な傭兵だと聞いたので、かなり楽しみにしていたのだ。だが試合が始まる前に、目の前には小兵が立っていた。雰囲気こそ鋭いが、やる気があるのだろうかとすら思う覇気のない相手。そんな戦士が目の前にいたのである。
競技者の挨拶でも、審判がオーダインだと思って準備した前口上を述べる。だがそれがい終わると、相手は口上を否定した。
「俺はオーダインではない。訂正をしたのだが、聞いていないのか?」
「はぁ? ならどちら様で?」
「カラツェル騎兵隊の赤騎士、メルクリードだ。ここには団長の代行できている。代行の申請は受理されたので、参加は問題ないと思うのだが」
「そうなんですか? 生憎と聞いていませんで」
審判の言葉に、メルクリードは何ともいえない困惑顔になった。
「・・・まぁいい、やることが変わるわけではないしな。やれやれ、書きたくもない質問票に答えたのだが」
「あんたさ、やる気ある?」
タジボの質問に、メルクリードは静かに答えた。
「無論だ――と言いたいが、ここが戦場でなければ盛り上がりはいまいちだな。木製の武器を持たされて血が騒ぐかと言われれば、否だ」
「そうでしょうね、あんたから凄い血の匂いがしますもん。俺たちの傭兵団にもそれなりに血なまぐさいのはいますけど、あんたは別格だ。寝る間も惜しんで殺してなきゃあ、そんな匂いにならんでしょう。それとも、見た目とは違う年齢ですか?」
「ほう、竜人というのは余程鼻がきくのか?」
「戦士としての勘ですよ」
タジボが槍を構えたので、メルクリードもそれに応じた。偶然にも、メルクリードの得物も同じく槍だ。
続く
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