戦争と平和、その104~統一武術大会本戦一回戦①~
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午後になり、想定外の事態で早く会議を切り上げることとなったアルフィリースは、初めて統一武術大会を見学していた。アルフィリースの出番自体は夕刻以降なのだが、それ以外の闘技者の戦いを見ることはアルフィリースにとってよい学びの場だと考えたのだ。
頭の中で影が語りかけてくる。
「(面白いのか、こんな低級の戦いを見学して)」
「正直、戦い自体はそれほど参考にならないわ。だけど、どの国の戦士がどんな戦い方をするのかというのは興味があるわね。使節の護衛にも強そうな騎士は何人もいたし、イェーガーの仲間がどれほど勝ち抜くかというのは知っておきたいわ」
「(魔術が使えればな。お前の独壇場になってしまうだろうが)」
「そうとも限らないわ。逆に一発勝負で仕掛けてくる相手には対応できないかもしれないし。それに私のブロックの競技者も気になるところね」
アルフィリースは自分と対戦しそうな相手を見学していた。シード選手の戦いはまだだが、ウィクトリエが大きな障害になるだろうと予想している。大魔王の血を引く彼女は、魔術の補正をかけない状態での体の強度はダロンに勝る。並の人間が真っ向勝負をすれば、軽く殴られただけでも首の骨が折れる腕力なのだ。
加えて、ウィクトリエは武器の扱いも上手い。戦っている年季もそうだが、テトラポリシュカと手合せして生きてきたのだ。剣、槍、弓、斧。アルフィリースの知る限りでもこれだけが一流だった。
並みのシード選手より、ウィクトリエの方が余程強いとアルフィリースは思っている。
だが。
「ダロンを予選で追い詰めた少年の仲間というのが気になるわね。ミランダから聞いた情報では、拳を奉じる一族だとか。知っているかしら?」
「(聞いたことはある。昔から人間は非力なくせに、己の肉体一つで戦いたがる連中がいた。その中の一種族だと思っているが、私が知る限り最強ではないな)」
「へぇ。あなたの知る限り最強の格闘術を使う人間って?」
「(五賢者のゴーラの弟子を名乗る人間は強かったよ。戦い方の参考にしたこともあるくらいだ。殺してはいないし、格闘術を使用する人間としては私の知る限り最強だ。あらゆる攻撃の威力が殺され、向こうの攻撃は確実に効いた。あれで体の強度が人間でないとしたら、恐ろしいことになるだろう)」
そんなことを語る影は珍しかったが、アルフィリースの目の前にはちょうど素手で会場に出てきた少女がいた。相手は、身の丈倍はあろうかという大柄の重戦士だ。
司会が二人の紹介を始める。
「次の対戦は、カレントの重戦士ダイナス! 彼の分厚い鎧はいかる武器も跳ね返す! この戦いにおいて有用かどうかは不明だが、これが彼の戦い方だそうだ! 巨人の血を引くと言われる大きな体は見た目に違わず、凄まじい力を生む! 最高戦績は4回戦。参加も10回を数える、歴戦の猛者だ!
対するは、辺境の民であるシャイア! 驚くことに予選では風船を一つも失うことなく、大男たちを圧倒したそうだ! 初参戦だが、いかなる戦い方を見せてくれるのか!? 素手でこの鎧を打ち破れるのか?
それでは試合開始!」
審判の手が振り下ろされると、シャイアは少し腰を落として左脚を前に出した。対するダイナスはシャイアの背丈を超えているであろう大斧を持っている。いかに木製とはいえ当たれば人を殺しかねない武器に、観客がざわめいた。
だがはたから見ていたアルフィリースには、ダイナスの方が緊張していることがわかった。ダイナスの構えを見るに、ただに力任せの戦士ではないことはわかる。それがあの緊張ぶり。間違いなくあの少女が与える緊張感だ。
しばしにらみ合う二人だが、先にダイナスが動いた。そして斧を振り下ろす瞬間、シャイアの姿が一瞬消えたように見えた。そして右手の掌底がダイナスの正中に入ったかと思うと、ダイナスの動きが止まった。アルフィリースは、シャイアの踏み込みに使った足元が割れたのに気づいていた。
「(勝負あり、だな)」
「ええ、とんでもないのがいるわね」
シャイアはそのまま闘技場を去ろうとする。不思議に思う審判がシャイアに語りかける。
「え、勝負は?」
「もう終わりました。強い方だったので、あまり手加減ができませんでした。すぐにでも救護班に見せることをお勧めいたします」
そしてしばし離れて対戦相手に礼をすると、その瞬間にダイナスの巨躯が大きな音を立てて崩れ落ちた。ざわめきと大歓声に包まれる会場。シャイアは小さく手を観客に振ってこたえると、少し恥ずかしそうに顔を赤らめて控室に戻っていった。
まだエルシアよりもやや背の低いくらいの、異民族らしき帽子と衣装を身に纏った少女。新たな強者の出現に、アルフィリースの胸は高鳴っていた。
続く
次回投稿は、1/18(木)11:00です。