戦争と平和、その101~会議四日目①~
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――会議四日目――
会議場は朝から騒然としていた。それぞれの使節団からは統一武術大会に何人かが出場するのが通例であり、例年諸国がそわそわするのは致し方のないことである。大陸が平和である時には統一武術大会こそが代理戦争といえ、国によっては尊厳をかけた戦いに発展することも珍しくない。その結果が気になるのは、当然というものである。
だが騒然としたのは今日に限り、統一武術大会が理由ではない。多くの使節が予想もしなかったのだが、スウェンドル王が朝から会議に出席してきたのである。しかも傍には、美姫を一人伴っていた。思わず諸国の使節団が目を奪われるほどの美姫を、スウェンドルは補佐として隣に座らせたのだ。
そして、彼らの傍にアンネクローゼの姿はなかった。これにはアルフィリースもミランダも、ミリアザールですらも予想していなかったとばかりに目を見開いて互いを見てしまった。
だがミリアザールが口を出す前に、なんとかミランダが発言した。会議を取り仕切る者として、明らかにしなければならないことがある。
「失礼だがスウェンドル王、アンネクローゼ殿下はいずこに?」
「その前に、昨日の欠席を詫びよう。アンネ――わが不肖の娘も申したとは思うが、ここ最近歳のせいか体調が優れなくてな。許可もなく代行を立てたことをお詫びする。今日からは元の通りだが、このオルロワージュがヴォッフに変わって補佐を行う。奴も体調がすぐれないのでな。
このオルロワージュは後宮の女だが、頭が切れる。ヴォッフやアンネクローゼの代行は充分に務まるであろう。オルロワージュ、挨拶をしろ」
「皆さま、どうかよろしくお願いいたします。私は平民の出自で王の取り立てとはからいによりこのような立場にありますが、才無き身より知恵を振り絞ってスウェンドル王に尽くす所存でございますゆえ。どうかご寛恕のほどを」
オルロワージュが立ち上がり深々と礼をしたが、ミリアザールが一瞬殺気だったのをドライアンとアルフィリースは見逃さなかった。礼の瞬間、オルロワージュは確かに笑っていた。そしてその気配に確かに一瞬、人でないものが混ざったことも敏感に感じ取っていたからだ。
戦ったことのある、あるいは調べたことのある人間にはわかっていた。オルロワージュ――この女こそが、カラミティであると。
アルフィリースもまた緊張を隠せなかったが、それ以上にアンネクローゼがいないことが気にかかった。まさかとは思うが、排除されたのか。そんな焦りがアルフィリースの拳に力を込めていた。アルフィリースの拳に気付いたレイファンが、スウェンドルに質問する。
「王よ、一つ質問がございます。昨日アンネクローゼ殿下の大弁論により、会議の方向は定まりました。今日は詳細を詰める段階だと期待したのですが、殿下がいらっしゃらないのであれば続きもままならないと思います。殿下はいずこに?」
「気にされるな、若き王女よ。今日は統一武術大会の監修をアンネに任せたゆえ、こちらには出向いておらぬ。このローマンズランドも、空席の出た本戦出場権を聖女の好意により確保したゆえ、緊急で闘技者を選抜する必要が出たのでな。武辺の者が多い我々としては、いかに急なこととはいえ、万全の選抜をしたいと考えるのだ。
そして昨日の弁論の内容はヴォッフを通じて全て把握しており、またこのスウェンドルも娘の発言に何ら異論はない。臨時とはいえ、国の代表として語った内容を反故にするほど、私は傲慢ではないのでな。
私が話したいのも、昨日より次の話だ」
「では、ローマンズランドが軍を引く話も真実だと?」
「無論だ。だが現状というものは刻一刻と移り変わるものでな。私はこの始末をどうしたものかと、昨日一日悩んでいたのだ。恥ずかしながら、諸侯に相談に乗ってはいただけぬかと考えていてだな」
腰の低いその言葉と共に、スウェンドルは背後の兵士に持たせていた袋を机の上に置かせた。重量のあるそれが、ずしんと机の上に置かれる。そして白い布からは、赤い液体がしみだしていた。
その場の全員が、袋の中身が何であるかを察していた。ミランダが思わずスウェンドルを制止する。
「王よ、待たれよ――」
「まぁ、これの処理に悩んでいたのだ」
ミランダの制止もむなしくスウェンドルが広げた袋には、オークの頭部が3つあった。生きたまま切断されたろうその頭部は、目が見開き、苦悶の表情と舌がだらしなく外に出ていた。すでに日数が立っているからか、眼球は白濁し、それぞれ腐りかけている。
文官出身の使節は吐くまいとするので必死だったが、広がる異臭にこらえきれない者もいた。特に油の多いオークの死骸の臭いはひどく、武官の使節ですら顔をしかめていたが、このオークの頭が意味する本当のところを察して顔をしかめたのは、何名もいなかっただろう。
続く
次回投稿は、1/12(金)12:00です。