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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その99~会議四日目、統一武術大会⑦~

「とりあえず相手は無事。さっき目を覚ましたところ」

「ごめんよ、こんな依頼をしちゃって」

「金はしっかりもらったから問題ない。相手を傷つけず、気絶させて半日拉致しただけ。相手も驚くだろう。宿で寝ていたつもりが、起きたら藪の中。自分の試合が終わっているなどとは」


 ルナティカが無表情に告げた。暗殺が本分の彼女からすれば、罪悪感など微塵もあるまい。レイヤーもまた、淡々と続けた。


「相手が簡素な宿に泊まっていたからできたことだ。アルネリア内の宿なら難しかったろうね。しかも、他の使節団の人に気付かれないようにやるのは」

「難易度は上がるが、できないことはない。それよりよかった? こんな方法で一回戦を突破して」

「構わないさ、名誉なんて最初から求めちゃいない。それよりも、僕の実力を知るリリアムにどう対処するかが問題だったんだけど、ちょっと目的が変わった。次も勝って、レーベンスタインっていう人と戦ってみたいんだ。必要によっては協力してくれる?」

「アルフィリースからの依頼と重複しなければ。ただし、次の相手は拉致してどうにかなる相手ではなさそう」


 ルナティカがよけろ、と顎で合図したが、レイヤーも既に気付いていた。後ろから人間がきりもみ上に吹っ飛んでくる。レイヤーは巻き込まれないために体を避けたが、足を引っかけて相手がせめて背中から壁にぶつかるようにしてやった。そのままの回転では、首の骨を折るかもしれないと思ったからだ。

 先ほど男はレイヤーとすれ違いざまに出ていった闘技者だ。まだ審判の試合開始の宣言から数呼吸しか経っていないと思ったが、一撃でここまで吹き飛ばしたということになる。

 レイヤーは闘技場の上を見た。そこにはレイヤーよりも背丈の小さい、子どもにしか見えない男が立っていた。担ぐのは、自分の背丈よりも大きな木槌。体格に似合わぬ桁違いの力の持ち主だということだ。

 ルナティカがレイヤーに告げた。


「奴はミュラーの鉄鋼兵、四番隊隊長ゼホ。見た目に似合わぬ異質の怪力で有名だった。組織の暗殺者を何度か退けたこともある強者だ」

「ふぅん、あれが次の相手か。念のために聞いておくけど、ルナでも拉致は難しいよね?」

「無理。暗殺ならともかく、拉致はできない。そもそも目覚めた段階で拘束するのが難しいくらいの怪力」

「なるほど。実力を見せずに彼に勝つ必要があるのか・・・それは難題だ」


 レイヤーは困ったような台詞を吐いたが、ルナティカはそれが本心ではないと気付いていた。レイヤーは変わらず無表情のままで、つまりはもうゼホとどのように戦うかを想定し始めている。

 戦いに際して躊躇なく非情な手段を使えるレイヤーを、ルナティカは戦いの申し子のようだと思っていた。ラインも戦いの天才だが、根が真面目なのか卑怯な手段は滅多に使わない。だがレイヤーは必要に応じて外道にもなれるだろう。これは生まれついての気質によるところが大きい。

 だがルナティカは暗殺者をしていて、一つの真実を知っていた。闇の世界に生きるのでもなければ、卑怯な手段は巡り巡って自分に返ってくる。レイヤーに不幸な結末が訪れないことを、密かにルナティカは願っていた。


***


 本戦の会場からは、歓声がとどまることなく湧き上がっている。この時代、娯楽なるものは非常に少ない。生活に手一杯の市民は祭りで踊り騒ぐことが一番の娯楽であり、日常的には酒か、唄か、女かしかない。札遊びや遊戯板程度のものはあったが、それすらも多様ではなく、また識字すらもままならない村落では娯楽の種類は限られていた。

 公営の奴隷を使用した闘技場はターラムにしか許可されていなかったし、違法のものは一般人が出入りできなかった。平和な大陸の東側では、闘技はおろか本格的な戦いそのものを見たことがない者も多かったのだ。

 今回の統一武術大会では闘技場の立見席は無料で開放していたため、賤民まで含めて楽しめる娯楽としては、統一術大会は最大の興業となっていた。

 その中で、会場を見下ろしながら話す男が二人。ロッハとラインである。妙に気が合うのか、二人は観覧席から会場を見下ろし話しあっていた。ラインは役目半分だが、ロッハは趣味である。闘技者のことなら、一日中眺めていても飽きないらしい。


「あんたも暇だな、大将」

「まぁそうだ。そもそもドライアン王に補佐など必要ないのだからな。だからこうやって人間の世界の戦士を眺めるのも勉強になるものだ」


 そう語るロッハの表情は楽しそうでもあり、油断なく締まっている様にも見えた。ラインもまた口ではロッハを批判しながらも、油断なく会場の様子を見守っている。


「あんたくらいの戦士なら、シードがついたんだろ?」

「ああ、5番をもらった」

「魔術なしの戦いなら獣将の独壇場になるだろう。今更人間から学ぶことがあるとは思えんが」

「本気で言っているのか? 爪と牙ではどうにもならないことがあると教えたのは、他ならないお前たち人間だが。現に私よりも番手が上の戦士が四人もいるではないか」


 ロッハの反論にラインは肩をすくめた。


「大会での実績を考慮した番手だ。参考にならんさ」

「知っている騎士か?」

「知らんな。とりあえず自分のブロックの戦士にしか興味がない」

「意欲のないやつだ。俺は全ての戦士に興味があるがな。3番と4番はなんという名前だったかな」


 ロッハががさがさと対戦表を広げている。几帳面なことに、全て書き写したらしい。それをほくほく顔で見ているわけだから、これもまた獣人の闘争本能の一つかと思う。

 そしてラインも興味がないといいながら、その対戦表をロッハの後ろから覗き見た。ロッハより上の番手をつけられる実力を考慮される戦士のことが気になったのだ。

 ロッハが目的とする戦士をみつけた。


「ほう、三番がオーダインで四番がルイという戦士か。有名か?」

「げ、マジか。カラツェル騎兵隊の総隊長と、ブラックホークの隊長じゃねぇか。ってか、マジでオーダイン=ハルヴィンか?」


 ラインも名前を聞いたことしかないが、傭兵の中では伝説の一人だ。勇者認定こそされてないが、最も騎士らしい傭兵として名を刻む猛者。初代オーダインは民草のために野に下った騎士として、「自由騎士」という概念を初めて世に出した戦士である。病で果てるまで、ついに数百度に及ぶ一騎打ちに一度も負けることがなかったとか。

 当然現在のオーダインとなると襲名sぢた何代目かだろうが、それでも傭兵では最高級の評価を受けていることには違いない。

 ラインは改めて対戦表を眺めた。自分のブロックや仲間の対戦表も改めて調べてみる。



続く

次回投稿は、1/8(月)12:00です。

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